SteelMeridianと呼ばれる結社のリレー支部に、私は顔を出していた。元は「秘密」結社だったようだが、TENNOの暗躍でグリニアの支配体制に陰りが見え始めた頃に競って存在を公然とし始めた様々な結社の一つだ。
何だ、TENNO。勲章でも納めに来たのか?
SteelMeridianの代表CressaTalの肩書は、対外的には「大将」とされ、しかし彼らの身内では「少尉」と呼ばれているらしい。ややこしいことこの上ないのだが、どうやらSteelMeridianという結社の全身がグリニア帝国の脱走兵集団だったことに由来するらしい。私にはどうでもよいことだが。
勲章なら入り口の奴に渡してきたわ。
ブリジットとか言ったか
ええ。ご承知おきを、<少尉>
そう言うと、フェライトの目でぎろりと睨まれた。
同志でもない奴にその名で呼ばれる筋合いはない
あら。私ももう〝守護者〟よ。同志に混ぜてもらってもよいのでは?
そういう水準の話ではない
ま、わかってるわ。元は、グリニアの―
皮肉を言いにわざわざここに来たのか?
言葉を遮られた。やれやれ、流石にやり過ぎたか。でも、この「大将」は、少しばかり感情的になってもらった方が、舌よく濡れるのだ。
失礼。実は聞きたいことがあって。これ、見てもらえるかしら
私がCressaTalに見せたのは、使用済みのコーデックススキャナ。これは「件の彼」を、撮影してきたものだ。アンロード前の生データだが、彼女に一番最初に見せるべきと、思ったからだ。知らぬといえばそれまで、Simarisに見せて方舟に放り込んでもらうまでだ。
スキャンするときのようにゴーグルとして被り再生指示を出せば、撮影時の映像がそのまま見えるという訳だ。生データだから編集ナシ、モキュメンタリとしてはまあまあと言ったところか。
その子、見覚えある?
コーデックススキャナを覗き込んだCressaTalの顔色は、スキャナで隠れていない顔の下半分を見ているだけでも、狼狽したものになっている。
聞くまでもないみたいね
こいつを、どこで
ご覧の通り、CUPIDよ。G3のお守付き。おっと、私にどうにかしろなんて言わないでしょうね?TheGrustragThreeとなんて、ロハじゃやらないわよ。こっちも頭数用意しないといけないもの。
私が言うと、CressaTalの表情はまるで憎悪のそれのように変わる。でも私は何も悪くないもの、この件について、情報を持ってきてあげて感謝こそされど、恨まれる覚えはない。
TylRegorと言えばグリニア遺伝子研究の父なんて云われているけど、遺伝子レベルで言えばグリニアもコーパスも人間だもの、宇宙全体で通用する遺伝子研究の権威ということになるわね。〝それ〟は、TylRegorが作り出した新しい兵士よ。……いや〝兵器〟かもしれないわね。
知っていても、言うはずが
そうかしら。私は、〝彼〟とやり合ったわ。<少尉>、そう呼ばれているらしいじゃない、あなた。空耳でなければ、同じ言葉をどこかで聞いた気がするのよ、どこだったかしら、CUP……
知らん!こんな少年兵をグリニアが作っているなど、SteelMeridianは知るところではない!
SteelMeridianは、ね。
私が言うと、コーデックススキャナを放り投げて返してきた。受け取った私は、もう少し言葉を詰める。
責めているわけではないの。何かを糾弾しようとしているわけでもない。私はただ、気になっただけ。あの躁病少年が、何者なのか。―あなた、TylRegorと何か因縁でも?
ない
G3のShikTalとは?Talって、グリニアではよくある姓なの?
ない。偶然姓が同じというだけだ。姓など持たぬ奴もいる
じゃあ、今見てもらったその真っ黒の兵士は?
……くどい
いずれも強い口調で否定するCressaTal。
それはそれは。私は、あの新しい兵士に脅威を感じている。私がそうだということは、Lotusにもそう伝わるし、宇宙に点在するTENNOにとっても、間もなくそうということになる。あなたが何も言わないのであれば、その黒い兵士は、単なる単なる、純然たる単なる、新兵として扱われる。
私が〝何か〟を言ったら、どうなる。何も変わらんだろう
あなたの気が楽になる
また、睨まれる。こわいこわい、だがこちらも情報を引き出したくて来たのだ。あんな恐ろしい兵士を、ノープランで相手するのは正直二度と御免だった。
どうせもうわんさかクローニングしてるわ。あなたが知ってる誰かと関わりがあろうが無かろうが、それはクローン創出数分の1の意味しかない。懺悔を聞いてやろうっていうのよ
私刑を振りまいて回るTENNOらしい言い草だな、神職まで始めたっていうのか。儲かりそうじゃないか、マッチポンプだ
いうの?いわないの?どうせ明るみに出るわよ。ここで言っておけば、隠蔽にはしないであげる
……お前も、私が悪いというのだな
聞いてから判断する
少し、偽悪が過ぎるな。
〝彼〟、随分苦しそうにしていたわ。どうして、とか、すてられる、とか。私にはわかんないことだけど。あなたには心当たり、あるのでしょう?
知ってどうする。アイツはもうグリニアの持ち物になった。それだけのことだ。〝この箱〟を開ければ、お前達TENNOにも、影響があるんだぞ。
彼が、そうだったってこと?
CressaTalは、驚いたように、でもすぐに悲しそうな表情になる。私から目を逸らし、ぽつり、ぽつりと言葉を吐き始めた。
聞けば、長い話だった。
友好的なテンノも、中にはいるんですよね?
まあ、いない訳ではないが
<少尉>は、愛銃の手入れをしながらボクの話の相手をしている。視線はくれない、ずっとメンテナンスの手元を見ているばかり。あの機械化した手が、戦場に出て銃を、戦鉈を、扱う時には見た目に全く似合わない強靭さを見せるのを、ボクは知っている。でも、ああして細かい作業をしているときは見た目通りの女性らしい細くてしなやかな手になることも、ボクは知っている。それに、ボクに触れるときも。
<少尉>は、TENNOと会ったことは、あるんですか?
……ないよ
TENNOは基本的に誰にも与しないといわれている。但し、依頼内容と報酬によっては協力してくれることもあるため、見方によっては、コーパスより手に負えない守銭奴とも言えた。
オレはTENNOが嫌いだ。奴らは自分の都合で敵味方を分けるが、TENNOを嫌う相手にはそれ以前の問題だ。実際に会ってたら、オレは今頃、あの世でこの宇宙を見ながら酒でも飲んでいるさ
はは、と笑って銃から離した視線をボクに向ける。目は、義体化している。片方は戦闘に有利なように光学カメラではなく、小型のフェイズドレーダー。もう片方の目は、光学カメラを埋蔵しているのだろうが一部は生身の眼球だ。瞳はフェライト色をしているが、白目は卵白のように白い。そのフェライトの黒瞳も、代謝シリコンの被膜で瑞々しく保たれている。その潤った目が、ボクを見ていた。
生身の人間なんかより嘘のない、純粋で、時々冷酷な、半義眼。その冷たい透明が、ボクは大好きだった。
TENNOは、信用できませんか?
僕が言うと、<少尉>はほんの一瞬だけ逡巡してから、口を開いた。
できないな。いつ掌を返すかわかったものではない。国家や組織を持たないから、一人一人が恐ろしく利己的で個人偏重主義、信念や規範がなく、時によって言動に統一性がない。会話はできるが信用すると100%裏切られる。友好的な奴は、たった今の利害が反さないというだけだ。報酬を受け取り次第、TENNOの都合でいつの間にか抹殺ターゲットにされることもあるらしい。
なんですか。クズじゃないですか
だから宇宙中から敵視されている。奴らの根本的な問題は、社会を持たないために規律や道徳を有さないことだろうな。潜在的に、無政府主義者ばかりになるんだろう。あるいは、我々は奴らの目からは道徳の範疇に無い、人間扱いされてないってことだ
……おっかないですね
TENNOがいかに強い力を今持っていたとしても、そんなものに生まれなくてよかったと、オレは思ってるよ。オレには、この窖を護ることの方が、性に合ってる。ここにいりゃ、TENNOだの宇宙の平和だの感染体だのグリニアとの戦争だのことも考えなくて済むからな……グリニアのことは考えないとダメか
力に溺れた奴の成れの果てなんて、一つしかない。オロキン然り、センティエント然り、そして、TENNOもグリニアも、同じだ。
そう付足して、立ち上がる<少尉>。銃の手入れが終わったらしい。
ボクは、一度だけ、TENNOを見たことがあります。
<アブ>と一緒のときか
はい。その時は、殺されずに済みましたが
元々が、ただの軍兵であったとも、Warframeという兵器の操縦者だったとも言われているTENNOだが、今はそのWarframeの超越した力のせいで、誰の支配も受けずに跋扈している。TENNOに指示を出しているといわれるLotusもTENNOに対して支配的な立場をとっていないのらしい。
我々は、今のところはTENNOから強く敵視されているわけではないらしい。TENNOの機嫌を窺うつもりはないが、この状況だけは有難がっておかねばな。グリニアの狩りも本格化するらしい。MODとかいうWarframeのパーツをダシに利用するべきだろうな、こんなものオレ達には何の役にも立たない
「MOD」は、その正体がわかっていない。Warframeに関わるものらしいが、Warframeに関るもので我々の身近に出現するものは、その他には存在しない。資源採掘をしているとクライオティックと共に出現したり、感染体が持っていたりもする。円形に平たい形をしており小さな二枚貝を彷彿とさせるもので、オキシウムより若干重い。その内部を開いても砂のようなものが入っているだけで、砂の正体も含めてそれが何なのか全く解明できていない。なぜそれをTENNOが欲するのかも、わからない。これはTENNOの貨幣なのだとも言われているし、実は明確な理由などなくカラスが光物を集めるのと同じともいわれている。
ニュー・ロカの奴らと渡り合うにはともかく、グリニアから身を守るには正直、重要な局面ではTENNOの力に頼り切っている
この間、グリニアから給油施設を奪還したじゃないですか、TENNOの力なしに
あんな施設はグリニアにとって重要な施設ではない。グリニアがその気になれば、悔しいが我々など一捻りだろう。現に希ガス田と水処理施設は取り戻せていないし、新しい発電所は建設の妨害を受け続けて未だに完成していない
そのために、TENNOの求める報酬を出すしかないってことですか?
MODか、ウチで改良した武器、あるいは、傭兵を出す
MIKAは……帰ってこなかったじゃないですか
TENNOの傭兵に行くということは、そういうことだ。そういうことをしてまで、TENNOの協力は、取り付けなければいけないのらしい。ボク達ばかりじゃない、グリニアもそうだし、コーパスもそうだ。ニュー・ロカも、レッドベールも。今や、あらゆる組織が正義を語り、口にした正義を振りかざすために剣を使い、剣では飽き足らずにに火を使う。その使用が、宇宙にどんな慢性的戦争状態を停留させるのか、恐らく誰もがわかっていて、それでもやめることが出来ないのだ。この宇宙は、末期だ。感染体とそして、TENNOのせいで。
TENNOに統一的な正義があったら、宇宙は平和になるんでしょうか
グリニアが太陽系を統一することを平和と呼べるのなら、同じことだろうな。アレは、宇宙の害悪だ。頼らざるを得ない、質の悪い毒薬だ。
対話は……出来ないんですか?
ボクが言うと<少尉>は、ボクをじっと見つめた。
いいかClem。お前は余計なことは考えなくていい。ここに来たからには、敵はグリニアで、守るべきは宇宙の秩序なんかじゃなく、ここで暮らす皆だ。……まあ、お前はまだ兵士には50年は早いけどな。
50年!?
なんだ、足りないか。100年かかるか?
もう戦えますよ!TENNOとだって、やれますから!
ハハっ、いい冗談だ、たまには笑わせてくれるじゃないか
本当ですってば!TENNOの速さ、大したことないです。完全に目で追えました。
見えるのと、動けるのは、別だ。同じことを言ってグリニア相手に死んでいった仲間なんて山といる。己惚れるんじゃない。
<少尉>はボクの額を、銃のように人差し指と親指を立てた手の爪先で、つん、と突いた。
ま、オトコノコだもんな、背伸びもしたくなるか。がんばれ、がんばれ
そういうんじゃないですよぉ!
ははっ。<アブ>との対人模擬戦で一本でも取ってから言うんだな
むう。確かにボクは<アブ>から一本も取ったことはない。それでも、グリニア一般兵の相手位は出来ると思うのだけどな。TENNO程は、巧く出来ないにしろ。
前に、TENNOを見たとき、ボク
ああ
なんだかとても安心したんです。あれは、どうしても敵対する存在とは、思いにくいんです。
ボクが言うと、<少尉>は眉を顰める。
安心したっていうか、近いっていうか……そう、親近感。殺されずに済んだって、言いましたけど、殺されるなんてとんでもない。隣にいたって平気だと、ボクは思いました。敵では、ないと、思います。ちゃんと話をすればきっと
親近感だ?
<少尉>の声のトーンが一段低くなった。流石に、しつこかっただろうか。TENNOと敵対すべきでないことは、<少尉>もボクも認識を共通している。ただ、好きか嫌いかについては決定的に決別しているように感じられた。<少尉>はTENNOが毛虫の次に嫌いだというが、ボクはTENNOと上手くやっていける気がしていた。
Clem、親近感ってのは
<少尉>の表情は硬い、むしろ険しい。怒らせてしまっただろうか。ボクはまだ、仲間として完全に認められたわけではない。もしかしたら、ぽいと捨てられて、フォボスの寒空に放り出されるかもしれない。ボクはフォボスのグリニア市街地のスラム、最下層第7の、更に下に位置する階級外下の出身だ。貧しさ故に、義体化も出来ない。そこでの暮らしは正直あまり覚えていないのだけど、この目で見てきた階級外下の生活は悲惨なものだ。ここに来てグリニア人としての立場も一旦は剥奪となったのだ、戻ればまた階級外下に逆戻りに違いなかった。
は、はい。その、ボクは親とか、憶えてないですけど、その
しどろもどろになって、一歩ずつボクの方に近づいてくる<少尉>から目が離せない。何か言い訳を考えないとまずいかもしれない、でも、でもああでも。
がちゃ、と<少尉>の義体パーツの触れ合う音が響いた。最後の数歩は一気に詰めて、ボクの目の前にへ一瞬。速さにはボクは自身がある、けど、グリニアにいた頃からタフな任務をこなしてきて、更に脱走兵としてここを護っている百戦錬磨の兵士の動きは、無駄なくキレがあって、実速度以上のものがある。ボクの目は<少尉>の移動を確かに捉えていたが、さっき言った通り、目で見るのと動くのとでは、違うのらしい。全く反応することが出来ずに、壁際に追い詰められた。
あ、あの
TENNOから感じたその親近感ってのは
どん、と洞穴の岩壁に手を付く<少尉>、睨み付けるような目でボクに顔を近づける。正直、こわい。もともと厳しい人なのだ。怒らせたらしばらくは烈火であることも、よく知っている。
し、<少尉>、その
オレといるときより、安心できたのか
……はっ?
壁際に追い込まれたところから、逃げ道もなく、急にぎゅうと抱き付かれた。
TENNOなんかどうでもいいだろう、Clem、なあぁ
ちょっ、しょ、<少尉>、顔が、スナネズミ可愛がる時の顔になってます、わ、ちょっ
いいこと、してやろうか?ん?
なんて言われて、ボクはしどろもどろ。からだ、くっついて、うわ、わわ
はは。まあ、生身の体のお前には、ちょっと〝物足りない〟かもしれないな、オレのカラダは。
腕の、完全に機械化されている部分を指して、<少尉>は自嘲気味に笑う。
い、え、そんな、こと
そんなことない、と言おうとしたその時、扉が開いた。壁に磔られて、頬擦りされた格好のまま。
お楽しみ中失礼
ああ、失礼だとも。お前の欠点は、戦闘時以外空気を読めないことだ、<アブ>。これからClemに餌付けして、もそもそ飯を食っている光景を楽しみながら、天然モノのオイルを嗜むつもりだったのに、だ
やっぱ小動物扱い!
Kela軍だ
なに?
反乱鎮圧だ。大きいぞ
<アブ>の一言を聞いて、<少尉>の目の色が変わる。
お楽しみは、お預けってことらしい
は、ハァ
頬に一つ、ちゅっ、とくれてから<アブ>に向き合い、作戦を立て始めた。。
頭部の表層も多くを義体化したひとの表情について、ボクは多くを知るわけではない、人によってそれは全く異なるのだから筋肉の運動的な意味でそれは、ボクには知る由もないことなのだけど、もしそれがボクの知っている表情と同じものであるとするならば、僕から視線をはがすときの<少尉>の表情が、少しだけ寂しそうに見えたのは、本当に〝お楽しみ〟にお預けを喰らったからだろうか。
Lotus、こちらブリジット。聞こえる?
応答はない。完全に通信が遮断されているようだった。
くそ、役立たずが
通信機に毒づいても仕方はないのだが、そうする以外に僅かでも鬱憤を晴らす術はなかった。
有毒胞子の汚染濃度は、フレームの外隔壁を侵食するほどではないようだった。これならば、Lotusからの生命維持装置の投入に頼らずとも今しばらくは問題ないだろう。とはいえ、それはこの一帯だけの話だ。感染体の侵入を許せば濃度は増すし、ここ以外の濃度も基準値以下とは限らない。
私はミス、してないわよ。
自分に言い聞かせる。そうでなければ、こんな理不尽、呑み込めるはずもなかった。
グリニアのネットワークへ侵入して得た事前情報によれば、処刑は海冥交戦ベルトでの停戦協定会議の結果が出てから、もっと言えばそれが決裂した場合に限っての筈だった。
だが、現在はご覧の有様である。
感染体の乱入で任務はめちゃくちゃ、しかも現場が混乱して処刑が即実行されたのだ。
念のために監禁施設迄侵入したが、監室の一つが赤くKeepOut表示になっている。
覗き窓を開けて中を覗くと、防護服を剥かれたほぼ生身のコーパス市民(コーパスに限って言えば「市民」の文字は民間人であることを指さない)が横たわっている。一目見ただけで、死んでいるのが分かった。死体は自分の喉を手で締めるような恰好のまま固まっていて口を開け舌を突き出して固まっている、目なり鼻なり口からもそうだし、耳や毛穴、ケツの穴も、穴という穴から妙に黒ずんだ血を流している。血の跡は床を擦るように広がっていて、大量の出血があったらしいことと、捕虜は悶え苦しんだ末に死んだのらしいことがわかった。その出血量を想定しているのか、床には光沢のある素材に横方向に何本かの溝が刻んであって傾斜が付き、血のほとんどはその溝を流れて部屋の隅に集められている。この出血は織り込み済み、という部屋なのらしい。
ガスか。それも随分と趣味のいいヤツを使ってるみたいね、クピド条約もクソ喰らえってか
グリニアとコーパスの仲良し戦争はもう100年以上に渡っていて、その戦争のルールが両者間で決まっているのらしい。捕虜は取ってもいいが人道に反しない扱いをするといった条約が締結されているのだというが、このガス室はどう考えてもそれに違反しているように見えた。
ロックを解除すること自体は可能だろうが、浄化処理については情報が手中にない。ミッション失敗の状況説明のために遺品でも持っていこうかと考えていたが、こんな部屋、浄化処理せずに開ける気にはなれなかった。相当まずいガスを使ったように見える、得体のしれないあらゆる何かにWarframeが対応しているわけではない。わざわざとばっちりを受けかねないリスクを負う必要はないだろう。
助けられなくて申し訳なかったわ、とは思わないけどね。こんな時に感染体の乱入があるなんて、お気の毒様
助ける、なんてのは傲慢かも知れない。捕虜の脱出幇助と言いつつ、このミッションの真意はこの捕虜を再略取してLotusに引き渡すことだったのだ。この捕虜がテンノに協力的なコーパス市民だったとも、聞いていない。Lotusに引き渡したその先に何があるのか、そこまでは私には知らされていなかった。私達は所詮鉄砲玉なのだ。着込んでいるWarframeは超テクノロジの塊ではあるが、Lotusという底の知れない存在には逆らえない。その輪から離れようとすると他のテンノが抹殺に来るし、しかしそれ以上に何か正体の知れない感情が離反を思い留まらせていた。
私は、捕虜の死体を閉じ込めた部屋の覗き窓をぱたんと閉じる。
私自身もあまりこの捕虜のことを言える状況ではない。このセクタはもう感染体の侵入を受けていて、有毒胞子が蔓延しているのだ。今は濃度が低いから平気だが、濃度が増せばWarframeのパッシブだけでは浄化しきれず生命維持装置が必要になる。だがLotusにその投入を頼もうにも通信が切れているのだ。私も、この部屋の捕虜と同じようになるのは、もう何時間も先の話ではないかもしれない。
感染して〝あっち側〟に行くのは心地の良いものと聞いたことがあるけれど、浄土思想と同じよね、夢想的過ぎて反吐が出る
胞子の濃度をチェックする。一応、まだ閾値内で安定はしているが、問題はここからどうやって脱出するか。
最悪、この場所をグリニアが〝清掃〟に来るまで待っているという選択もある。ただ、それは面倒が多いので避けたかった。何とかここからさっさとおさらばすることを考える。
ライセットを呼ぼうにも、通信障害の原因が分からなければピックアップトラクターも確実性に欠ける。この施設のどこかにあるドックを奪取して手動でハンガーを用いて帰還するほうが確実に思えた。今の混乱の中なら、ドックの占拠は可能かもしれない。
ったく、扉を開ける度に、顔を出すのがグリニア野郎なのか感染体なのか、いちいち楽しませてくれるわ
ついでに言えば新しい扉を開ける度に、その区画の有毒胞子濃度をチェックしなければならない。感染体が侵入したとはいえ、電気系統はまだ生存しているし、グリニア兵もどこかではまだそれなりの勢力で抵抗しているだろう。逐一状況を確認しながら区画を進み、ドックへ辿り着かねばならない。
Lotusのお使いって、必ずライセットがエンゲージできるドックを探すのが最終目標になるのよね。何とかならないのかしら
耳障りに響く警報音は、脱出を促す最大警戒のものではない。フレームの計器と照らし合わせてみるならば、気圧の低下か有毒胞子の微浸入といったところだ。幸いに、テンノ侵入の警報でもないのだからこの状況を敢て壊す必要はない、保護対象はすでに死んだのだから感染体が現れ暴れているだけの状況を蓑に早々に退散するべきだ。そのことを念頭に置き注意深く先に進むことにした。
<少尉>、もうすぐそこまで来ている。退避を
<アブ>がブーストを噴かしながらやってきた。
グリニア制式のブースターパックは、ブースターとは名ばかり、燃費と携帯性メンテナンス性に何より生産コスト低減の代償に、繊細な制御が困難になった、実質ただの背負子ロケットだ。<アブ>は鹵獲したそれに少々の改造を施して使っていた。ほとんどの使用者は大きく高く飛び回るか短時間のホバリングが精々だが、こいつはそれを驚くほど器用に使いこなしていた。これで巡航軌道飛行なんざ、他の奴がしようとすればあっという間に失速して墜落だが、それを易々やってのけるのだ。まるで別物の新型ブースターのように左右に機敏に動き回り、銃弾の雨を掻い潜る。そして瞬く間に得物(鈎状の刃を持ったナイフ、彼以外にそれをまともに使おうという者はいない)で敵の喉元を掻っ切り帰って来るのだ。<アブ>、とはその動きを指して付けられた彼の綽名だ。ハチの方が適切な気はするが、本人が「女王に諂うような性分じゃない」と言ってアブを名乗ったのだが……彼が『女王』に逆らったことは一度もなかった。
<アブ>は器用に女王―まあオレのことを指していたらしいのだが―の前に足を下ろすと、同じ言葉を繰り返した。
2セクタ向こうまで来ている。<少尉>、退避だ
グリニア帝国の奴らが、我々を狩りに来たのだ。奴等から見れば我々は反乱軍、根絶やしにしたくて堪らないはずだが、こちとら信念があって牙を磨き剥いている。意気込みだけで言えば返り討ちだが、さすがにグリニア帝国の物量に真っ向から抵抗できるほど我々は潤沢ではなかった。迎撃し時間を稼いでいる間に脱出し、この巣を引き払って別の巣へ移動する、その退却戦だ。
女子供は残っていないか
妊婦は優先して搬送した。あとは足の悪いのと老人、女も幾らか残っている
だったら、まだだ。ここで退いては太憲に反する。
それを言うと<少尉>が残ってる限り終わらんだろう。一人の命じゃないんだ、考えて行動してくれ
いいんだよ、誰かが跡を継いで繋がっていけば。それに、オレは女じゃない。
……ま、自称はタダだからな
半ば呆れた様子で、<アブ>は鉄扉を閉じる。ついでに、CASTANASを仕掛けていた。コンソールで扉を開こうとすれば、ドカン、というわけだ。
お前こそさっさと退がれ。ここじゃお前のそれを生かしきれない、避難誘導でもしていろ。
この施設は天然の洞穴を要塞化したものだ。このポジションは通路が徐々に細っていきここに至るまでには一人二人通るのがやっとになっていて、少人数で迎撃するのに都合がいい。退避経路に対する迂廻路もない。だがその狭さゆえに<アブ>の機動性を生かした戦闘には効果を期待できなかった。鉄扉の向こう側にはグリニアの軍勢が迫っている。ここでの会敵ももうすぐだろう。こういう場所では、オレの得物の方が都合がよかった。
<少尉>の言う通りだ、俺はここでの戦闘は降りるぜ。
ああ、<フロッグマン>と退避の誘導を頼む。
そういう<アブ>の後ろには、いつの間にかもう一人の影が付いて回っていた。物音ひとつしない。人間は今日、必ず義体化しているかあるいは防護服を着込んでいる。普通は身じろぎ一つでも何等か音を立ててしまう。そうしないためにはよほど気ををつける必要があった。だが、彼は全く普通に動き回っているにもかかわらず何の音も聞こえない。音もなく人間が歩き回っているのは、非常に奇妙な光景だ。背丈が小さいこともあって、まるでそこにいるのが合成立体映像のようにさえ感じられる。
彼が手に持っているのは、使い古したKARAKと、取り回しのために刃渡りを切り詰めたVENKA。だが、元々背丈の大きくはない<アブ>と比べてもなお一回り小さな、子供だった。
ボクは、残ります
KARAKを構えて、その子供が幼気の残る声で残留を希望する。
彼の姿は、小さいだけが特異点ではない。ここフォボスでは珍しくはないが、太陽系全体としては希少な「クローンではない人間」、なかでも「どこにも義体化を施していない人間」なのだ。クローンも義体化も厭わないグリニアと、今は反抗しているが少なくともグリニア出身のオレ達、それにコーパスを含めてさえも、一切義体化を施していない人間なんてほとんどいない。加えて、クローンではない人間など存在しないレベルだ。こんな奴がここにいると知れれば、ニュー・ロカの奴らは引き渡しを要求してくるだろう。元から関係のよくない相手だ、扱いを間違えれば即座に抗争もあり得る。彼の体から音が立たないのは、そういうことだった。
ばかをいえ。お前も<アブ>と同じだ。開けた場所では活躍できるかも知れないが、スピード型はここじゃただの的だ。何より、実戦はお前にはまだ早い
Clemは地走型だ、俺と違って高さがなくても戦える。それに、そろそろ本番踏んでもらわないと、タダ飯喰らいじゃ割に合わんぜ。何より、これは俺よりも<少尉>に懐いてるみたいだしな。傍に置いといて欲しいんだろ
ち、ちょっと<アブ>、変な言い方、しないで……!
いやー、生身人間は感情が読み取り易くて面白いな。ちゃんとした人間って、本当に顔が真っ赤になるんだな
ななななってないよ!
おい<アブ>、適当なことを言うな。こいつは偶然見つけた……犬、そう犬だ、拾い犬と何も変わらない。こんなものいつまた捨てたって
い、いぬ……すて……
ああ、いや、犬ってのはあれだ、言葉のアヤってな、本気じゃないから、ほら、そんな泣きそうな顔をな、
<少尉>、ボク、また捨てられるんですか
すてない、すてないぞ!泣くな、男だろ!
ああ、もう<アブ>の顔が憎たらしいくらいニヤニヤ顔になってて、でももう反論もできない。ぐう。
という訳だから、こいつに実戦を見せてやってくれ。高さがない場所では俺より機動性が高い、被弾の心配はしなくてもいいだろう。恐らく……ここに集まった連中が集中砲火したって当たらない
ぷ、ははは!<アブ>、オレがClemを可愛がってるのをお前はからかったが、お前の方も大概だな!この全員分の弾を躱すなんて人間じゃねえよ、買いかぶり過ぎじゃないのか?
ここには、制圧射撃から討ち取り、狙撃までバランスよく残したつもりだ。それに、メンバーのスキルも高い。これだけのメンツの弾をすべて躱せるとしたら、それは……。
今は、違うってか?
違うさ。Clemはもう、違う
それ以上は止めろ、と、全部を言う必要はなかった。察した<アブ>は言葉を切る。
とにかく、こいつを頼むぜ<少尉>。実戦デビューだClem、精々アピールしておけ
うん
お、おい、<アブ>、まだ決まったわけじゃ
お願いします、<少尉>。ボクにも戦わせて下さい。ボクだって、SteelMeridianのメンバーなんです
Clemが、真っ直ぐな目でオレを見る。ああ、生身の人間の目ってのはこんなに綺麗なものか。生れたばかりの子供しか持ってない、下手をすると生まれた時からすでに失われている眼球という器官は、まるで海王星の遠映みたいに美しい。カメラのレンズと違って水気を帯びていて、その微弱な揺らぎとその奥にあるフォーカス相当の……虹彩といっただろうか、これの絞りが外からでもよくわかって、それらがダイレクトに感情をあらわにする。目だけではない、声も、体表の温度も、それぞれが感情によってさっきの私の関節シリンダなんかよりも明確に、他人からわかる程度に動いてしまう。そうしたボディシグナルは、裏のある交渉事では不利に働くこともあるだろうが、そうでなければ妙な訴求力がある、見ているだけで同意を強いられているように感じられて、不快な時もあれば……心地よい時もある。
<アブ>がいうことを肯定するのは癪だったが、私の諸々のセンサーはは確かにClemが傍にいることに対して「快」を示していた。
……まだ認めたわけじゃない
もうここでお世話になって今年で8年です。恩返しをさせてください
8年も置いといて、メンバーとして認めてないってのはナシだろう。8年ありゃカキだって食える頃だ
カキって何だよ?
地球のEurasiaの海に大昔生息していた動物らしい。美味かったらしいぞ。育つのに8年かかるんだと
私は、Clemの姿を見る。3年前に、ここに来て5年だからと与えたKARAKは今はすっかり彼の手に馴染んでいる。当初から、機械化されていない手でグリニア製の銃が扱えるのか疑問はあった。案の定射撃精度は他の兵士に比べて高くなかったが、使い物にならない程ではない。目を見張るのはそれよりも、彼の運動性だった。義体化を施していないとは信じ難いそれは、車輪やロケット推進を使ったものは別として、それ以外の兵士では今や彼の脚に追いつける兵士は誰もなくなっている。それを助けているのは脚力と別に、どうやらずば抜けているらしい視力。望遠性能では機械レンズには敵わないが、近距離では力関係は明らかに逆転した。機械眼テクノロジはカタログスペックでは生身の眼を追い抜いていると謳われているが、それは真実ではないらしい。動体視力、フォーカス時間、画像処理速度、それを経てから肉体運動へのフィードバックまでに要するターンアラウンドタイムにおいて、義体化の済んだ兵士では全く歯が立たない。足場が悪い程、距離が近い程、Clemの速度は相対的に向上する。もはや近接戦での動きは、誰一人敵わなかった。この子供一人に、大の大人何人がかかってもだ。
Clemがここに来てすぐにそれを見抜いたのは<アブ>だった。自分と同じように接近戦に向けて鍛え上げようと言い出し、そしておそらく、それは成功していた。刃身を切り詰めたVENKAは、彼に似合いの得物だ。その速さの前では余計な長さは不要だし、取り回しの面でも有利だ。銃はただの牽制、本命は<アブ>と同じ近接での一撃必殺だ。実戦で通用するかどうか、今回ではっきりするだろう。
わかった。<溜息交じり>のサポートをしろ。だがここはお世辞にも広くない、油断だけはするな。
はい!
オレはカスタマイズ済GORGONにマガジンを食わせて、扉が開くのを待ち構えた。Syistと<塗装屋>、Qe'nem、<溜息交じり>、それに何名か要撃向きのタフなメンバーを指名し、扉の前に不活性ガスで膨らむ即席塁を配置して迎撃体制を取る。BUZLOK、SOBEK、TETLA、KARAK、ウチの資産の問題として慢性的に高性能な武装はないのだが、なるだけ拠点防衛と掃滅に向いているものをチョイスした。あとは、腕の問題だ。
グリニア帝国の軍はとかく、質より量で雪崩れこんでくる。こちらは質は量に勝ると見せられるかが鍵になる。
KelaやKrillの兵は馬鹿が多くて助かる、VayHekのとこに比べりゃマシだがな。Vorが相手じゃこんな待ち伏せに引っかかる筈もない。バカは自分が開けたのが便器のフタだってことに気づきもしない、それにオレ等が気付かせてやろうってんだ、そうだろうお前達
応じる相の手は鬨の声に等しい。士気は高かった。ここにいる兵士は全てがグリニアに敵意を持っている。撤退戦ではあるが何を以て勝利とするかのコンセンサスも高い水準で結ばれているし、そうである以上負ける気のしない戦闘でもある。グリニア野郎に泡を食わせるいい機会だ、戦意メーターはとうに振り切れていた。
反グリニア意識は高いが、しかしほとんどの兵士の体はグリニアで授かったものだ。我々はグリニア帝国からの離反者。覇権主義政策に異を唱えて断罪されるのを逃げた政治家、貧富の差の拡大によって最下層民をさらにドロップアウトした市民、非人道的な兵器開発を拒否したせいで抹殺されかけた技術者、クローン技術の行く末のに絶望した科学者、兵士をゴミのように使い捨てる戦闘で命以外の全て失った兵士。それらを擁する、所謂「反体制派」という奴だ。だがただのレジスタンスと違うのは、我々は人道と尊厳を礎とする法に由る組織の規律が絶対視されているところだと自負していた。それが組織の団結、仲間への信頼、弱者の擁護、無償の互助を、血の約束としていた。太憲と呼んで掲げ、組織名の由来にもなっている。
共にグリニアに牙を剥くからと言ってコーパスに与する訳ではない、無論感染体を神格化するカルトでもない。我々は、「我々」だ。侵すものは、粉砕する。
だが、今回は相手を殺し尽くすことが目的じゃない、時間稼ぎだ。まともに相手なんかしなくていい。やる気満々の相手に馬鹿を見せていいだけ削り取ってやれ。今回は500人殺して殺されるより、10人しか殺せずとも死なないことを評価する。いいな
殿隊として残した兵士が、一様に頷いた。
それでも。もし殺す機が訪れれば、ついでにあの汚いツラにクソを擦り付けてやっても構わない
弾の代わりにそんなものを持っている奴はオレが処罰するがな。それなら飴玉でも持ってた方が100倍優秀な兵士だ。というと場が和んだ。
Qe'nemが黒色モーフィクス削出の両眼とテルル色の唇をを三日月に歪める。
えー……私、でしょうか。だってその弾を放つのは、私ですから
VECTISの弾丸の先端にに口付けてサディスティックに笑うこいつは、口調だけは丁寧だが、性根はKelaとどっこいどっこいのドS女だ。味方であるのが幸い、とさえ思う。それに。
おっかないな、そんなこったろうと思ったが
あっ、あっ、でも、<少尉>が一番の一番ですわ!グリニアもコーパスも感染体の餌にして、<少尉>と二人っきりの太陽系を
いらんわ!
若干めんどくさい。
ハア、実らんプロポーズはその辺にしておけQe'nem。そろそろ奴さんが来るぜ。VECTISで奴ら全部ぶち抜けるとは思わんがな
やって差し上げましょうか、誤射で<溜息交じり>、あなたもその仲間に入ってしまうかもしれませんが、よろしくって?
……ハァ
あ~、またそれですの?その実力の伴わない達観、さっさと折れてしまいなさいな、今よりはマシな性格に変わるでしょうから。尤も、折れた頃にはあなたもグリニア野郎と一緒にチャージャーの餌でしょうけれども
狙撃手がピーピー煩い。雉も鳴かずばなんとやら、だな。そんなだからロクに獲物も仕留められない……ああ、雉は獲物側か。ふぅ
んですって?今すぐそのバケツ乗っけたみたいな頭の天辺に、銃眼もう一つ付けて差し上げましょうか!?
やめんかボケ。あっちを狙え
二人の仲の悪さはいつものことだが、流石に今は止めて欲しい。粛々と迎撃の準備をするSyistと<塗装屋>の方を指さして「アレを見習え、祭りじゃねえんだぞ」というと、睨み合い、同じタイミングで顔を背けて戦闘態勢に入った。左右対称。仲は、いいのかもしれない。
<少尉>、こいつ使ってもいいっすよね?
……まあ、いいだろ
<塗装屋>は嬉しそうに、グリニアの部隊から奪取したものの久しく使えないままだったB兵器を準備し始める。短命措置を含む恣意的な改造を施したテクノサイトウィルスを霧状にばら撒く、どうしようもなく悪趣味な兵器。ウィルス自体から増殖能は除去されているが、代わりに破滅的な組織崩壊を招くよう遺伝子レベルで躾られている。霧が粘膜に触れれば体中に回って神経を冒し、そうでなくとも生成された毒素が触れた箇所は固形を失い溶解していく。あんな兵器を好んで使うのは、散布系の武器ばかりをやたらと好む<塗装屋>くらいのものだった。普段ACRIDを愛用して戦場を毒の白でべとべとに塗りたくるのが、綽名の由来だ。TORIDを手入れする<塗装屋>の横で、SyistはBUZLOKのビーコンと、ラッチャーを調整していた。こっちは、静かなものだ。
オレが制圧射撃で敵を釘付けて流入量をコントロールする。生き残ってる奴を仕留めるのはQe'nem、前に出てきた奴は<溜息交じり>とClemでモグラ叩き。斜線の通らない奴は<塗装屋>とSyistでいぶりだせ。これでいいか?
りょーかい
皆が動きの確認をしたところで、爆音。鉄扉の向こう側だ。<アブ>が仕掛けたCASTANASの爆発だろう。
行動開始だ
火蓋は切って落とされた。
……
何か、嫌な感じがした。
周囲に特殊なグリニア兵の反応はない。ランサーらしきマーカーが一つあるだけだ。だが、何かが、いる。感染体の流入に、捕虜処刑の執行。当のグリニア兵も、指揮系統がしっかりしない中でここに留まる理由は特にない。だが、確かに、何かが、いる。
通信死んでるから、広域スキャンも依頼できないしな
感染体流入で混乱を来し、もう統制も取れず組織的抵抗のないグリニア兵と鉢合わせたところで、虫潰しか何かの感覚だ。戦意を喪失して逃げている奴だって実際にはいる。無視して見逃したってよいのだけど、彼等にもは意志はあるのらしい、感染体と交戦さえしていなければ、聞き苦しい言葉を叫びながら律儀にこちらへ銃を向けてくる者もあった。
そこにも統率から外れたランサーがいたが、一人私が銃を向ける必要もない。Magnitizeしてやると自らの弾丸で自分の頭をブチ抜いて死んだ。
こいつじゃない……この感じ、何?
直近と思しきグリニア兵を始末しても、何かがいる気配は消えなかった。鳥肌が立つ寒気、重力が僅かに増したような威圧感。それに、掴み所のない全方位からの被監視感。感じたことのない感覚だ。
感染体が侵入していることを考えるとPhoridの可能性もある。Phoridは全く神出鬼没だ、感染体が僅かにでもいるどこにでも現れるが、その感覚とも違うような気がした。だとすると、Juggernaut?Juggernautとはニアミスしたことはあるが、目にしたことはない。Lotusからも相手にするなと言われている。もしJuggernautだとすると、さっさとここを抜け出さねばならない。すべきことは何も変わらないが。
私は周囲に注意を払いながら、先に進む。
一歩、二歩、と進んで行くと、誰もいない施設内に声が響いた。声、だ。それは明らかに言葉だった。グリニアの言葉は、翻訳機を通さないまま耳に入れば、私にはただの音に聞こえる。しかし、それは明らかに声、即ち、言葉だった。
Me">■■■■■■■■突然響いた〝声〟に、私は戸惑った。それは、〝私達〟の言葉だからだ。古い、もう使わなくなっていたが、それは確かに〝私達〟の固有語「古オロキン律」。
「古オロキン律」は使われなくなって久しい。今日では限られた形式ばったシーンで、言葉というより儀礼的に描かれる印として見るくらいで、意味も発音も既に喪失していた。TENNO仲間でも、読み書きどころか聞いたり喋ったりできる奴はもういない。今日、TENNOは「固定長韻」と呼ばれる共通語を使う。その他の古代律や方言律は、私達が眠りにつく前には既に失われていた。見かけるのはVOIDの壁などに描かれているものくらい。Simaris辺りは古オロキン律の復活と保存をしようとしているらしく、リレーにはいくつか書かれたものが見られるが、それが本当に完全にDECODE出来たという確証は得られていない。私も例にもれず、それが古オロキン律だとわかっても、意味は汲み取れなかった。
それ、〝古オロキン律〟?申し訳ないんだけど、こっちはわからないの。〝固定長韻〟でお願いできる?
それにしたって、今更増援?こんなところに?
しかし、声の主は私の分かる言葉で返すのを拒否するように、〝古オロキン律〟を繰り返す。そして。
■i■eM■Y■■r■■■fr■■.?
今度はグリニア語が混じっている。グリニア野郎が、古オロキン律を真似ているということだろうか。もしくは、逆か。ともあれ、相手がグリニアかもしれないのだ、私は銃を構えて進む。
……仲間なら、通信を返してくれないかしら。そうでないとトリガから指を離せないのよね
テンノの言葉を使用してはいるが、まだ姿は現れない。応答もない。こちらを油断させるためのグリニアの芝居かもしれない。注意しながら歩みを進めていると、突然
!
強烈な殺気を感じて、私は咄嗟に飛び退いた。何かが、襲ってきている。姿は見えないが、明らかに私に向けられた殺意。飛び退いた元の場所の付近のコンテナが砕けた。
ちっ!
警戒してもう一つ飛び退く。いや、二つ、三つ、いや、念のため前の部屋に戻る。
がんっ、ばんっ!
場所を飛び退く度に、コンテナが割れ、床に跡が付く。明らかに私を狙ってのことだ。やはり、グリニアの芝居。でも、初撃が外れれば同じだ。反撃かもしくは離脱か、ぶっちゃけて言うと交戦せずに済ませたいのだけど。敵の姿を探す……が、姿が見えない。
どこ?
姿は見えないが、殺気はまだ消えない。初撃でやめないところを見るとスナイパーではないらしいが、今まで移動してきたポイントを同時に狙える場所などない筈だ。自分がいた数か所を同時に線で引ける場所は存在しない。狙撃でないことはわかったが、それを差し置いても姿を隠したまま狙える場所など、あるだろうか。周囲の地形を見渡しても、そうしたポイントはない。壁の中だとしても、だ。
一人じゃ、ない?
部屋を移動したのだ、銃撃であれば一旦は逃れられるはずだ。だが。
うそっ!?
もう一度殺気を感じて飛び退く。床に連続した破砕音が地面に響いて、やはり回転体が摩擦したような跡が残った。
■i■eM■Y■■r■■■fr■■.どこから!?
おかしい。部屋を移動したのだ、銃撃で追跡できるはずがない。音の鳴った方を見ると、床。そこには確かに跡が生じていた。だが、弾痕ではない。強いて言うなら、イビスレーターの飛び鋸の痕に近い気もする。だがそのような残骸は転がっていなかった。イビスレーターであってくれればどんなに救われるだろうか。姿も見えなければ得物もわからない。さっさと離脱したいのに、姿も見えない敵と遭遇するなんて運がなさすぎる。いや、運のなさは捕虜が感染体出現のどさくさで早々に処刑された時からなくなっているのだろう。
めんどくさいなあっ!
とかく、姿が見えないことには対処できない。痺れを切らした私は、無理矢理にでも〝引きずり出す〟ことにした。
Warframeの内部機能にアクセスし、アビリティの起動を指示する。すぐに、右手の先に仄かな熱を感じる。右手から強烈なコイル鳴りが響いたところで、私は右手を前に出した。イメージ、伸ばした掌の中に小さな小さな世界の全てが、すっぽりと収まっている、私はそれを世界の理を以て、―
―この手に!
それは間もなく、聞き慣れた破裂音を響かせた。突然強力な磁場が発生することによる空間の歪み、そこに引力されるのは様々の物質、線そして熱。不自然な形で生じた歪曲空間に響くコイル鳴きと破裂音は、その証左だった。
だが、それと同時に。
ぎちぎちぎちぎち
異様な音が響く。この部屋に磁力によって異常を来すものは幾らでもある。だが、まるで歯車に甲虫が無理矢理潰される、その間に節だった足がもがく、固い顎が悲鳴を上げる、背の甲羽が割れるような、そしてそれを何倍にも増幅したような、生理的に不快な音が響いた。PULLの出す音ではない。
な、なに?
そんな音を立てそうな虫や感染体は見えない。と、するなら、この不気味な音は、姿の見えない相手の立てたものに違いなかった。聞こえてきた音の不快さに思わず顔を顰めるが、今はそれよりも先に正体不明の相手の姿を見付けるのが先だ。磁力に引きずり出されているなら、今なら姿が見える筈。私は改めて周囲に目配せする。そして、それはあった。
―っ!なに、あれ……相手は磁力に引きずり出されて体勢を崩しているだろうと思ったが、それどころか姿は空中に留まっている。Crushで持ち上げた時のように、しかし引っ張り上げられたというより自ら跳ね上がった姿勢のまま固定されている、映像の様な不自然。そこに実体がないのは明らかだった。磁力を発生させた右手に、重さを感じてもいない。あれは立体映像か何かだろう、それが奴の本当の姿であるにせよ。
姿が見えていたのは一瞬、すぐに消え去った。だが、見えた姿の異様さに、私はさっき響いた音よりも一層に不快感を覚えた。
姿は小さい。子供位の大きさしかない。フェイスマスクはグリニアにありがちなものだが、体は黒一色。筋肉質の手足は姿の小ささに見合わない。首がなく肩から平たく直接頭が生えている。機械的な装備はない。唯一見えるのは、左右の手に装備された小型のチェーンソー。さっきからコンテナを破壊したり地面に痕跡を残していたのはあのチェーンソー型のナックルらしい。その姿に特徴的なのは、しかしそう言ったものではない。私が最も不快感を覚えたのは
顔……何個あるの、アレ
フェイスマスクをつけた頭部は、一つしかない。だが、首がなく平たい肩のなだらかに盛り上がった筋肉に埋め込まれた様なその頭部の他に、肩からうなじ、背中にかけて、びっしりと小さな眼が並んでいる。目という器官が頭部に固有のものであるとするならば、あそこには頭部が何個も埋まっている。フェイスマスクの奥に光る赤い瞳は生気を宿してはいるものの、どこを見ているのかは分からない。肩から背中にかけて不規則に並んでる目には白目と黒目が区別して存在してはいるが、黒目の向いた方向はまるで統一性を持っていなかった。それぞればらばらの方に向いており、目というものが本来二つペアで備わっていることを考えると、それはもっと不気味なものに思える。その目からは生命らしさは感じられず、動いてもいない。瞳孔は開きっぱなしで何かの像を捉えようとしているようにも見えない。生命力を感じない、まるで死体のそれのように濁り曇った無数の眼。確かにグリニアらしい出で立ちではあるが、そのグロテスクな様に人道的な作為は感じられなかった。今まで私が見てきたグリニア兵は、幾らグリニアの機械化がえげつの無いモノであったとしても、1個体は1個体だった。だが、これは―〝複数〟だ。
グリニアの悪趣味も極まったわね
姿が消え、私から正体を隠すのを諦めたらしいそれは、しかし光学的な姿は依然隠したまま、気配を隠す様子はなくなった。私の周囲をぐるぐると、高速で走り、跳ね回る、殺気。
■i■eM■Y■■r■■■fr■■.グリニア語と古オロキン律が中途半端に混じった声で響くその言葉が意味するところは分からない。だが、何か強い意志を感じる。殺気だけではない、何か、もっと……悲しみみたいなもの。
私に恨みがある……としても、心当たりが多すぎるわ。生憎とその恨み、返されるつもりはさらさらないのよね
DERAを構えて、迎撃態勢に入る。エネルギーの残量はそこそこある。余程の相手でなければ、倒すか、あるいは無理やりにでも逃げるかは、できるだろう。再度姿を消した殺気の主は、私の周りを高速で回りながら隙を伺っているようだ。
フフ……ハハハハ!
笑い声。VayHekの様な不快感を伴う笑い声ではないが、神経に触る狂気じみたその声が前後左右から同時に聞こえてくるのは、精神衛生上よろしくない。何より、戦闘中に笑う奴には、ロクなのがいない。高笑いは躁状態の狂人のそれで、目の前を残像だけを残して駆け抜けていく挑発的な行動は、奴の余裕の表れだろうか。
そうはいくかっての
こちとらそう簡単にやられるつもりはない。こういう相手に、銃身が短く反動もないSMGのDERAは極めて小回りが利き都合がいい。エイムするというより腰だめに構えて高機動戦闘に耐えられるように備えた。
残像が、いちいち視界の隅にちらちら残る。鋸手甲の回転残響と躁状態の高笑いが相まって、不気味なBGMになっていた。
いつ仕掛けてくる?一歩ずつ、壁を背負った形で後ろへ下がっていく。360度全部使われるよりは、せめて180度に。一歩、一歩と退いて、周囲を回る殺気が、真後ろに生じなくなった。壁沿いに移動して、このまま行動を制限できる有利な地形へ、持っていきたい。左手に壁を置く形で、移動していく。
できればこのままライセットまで戻らせてくれないかしら、なんて
そう思っていた矢先、鋸の回転音が右方向で急に大きくなった。
!?
飛び退くと同時に、音の方へDERAを撃ち込む。高連射のプラズマ弾はしかし、奴の残像を貫いただけだった。音の正体はすぐさま後方へ移動し、今度は真後ろから笑い声。バレットジャンプで前方へ飛び出した。
ざり、と回転鋸の付いた手甲が、空気を鋭く抉り取る音が聞こえた。危ない。すぐに前方から、同じ気配。今後ろで空振ったはずなのに、既に前にいるなんて、どういうスピードなの!?
立ち止まって、射撃。体を翻して躱す残像が見えた。
右……っ
DERAのトリガを引いたまま、右手だけで薙ぐようにプラズマ弾を散らす。壁に水平に焼き付いた跡が残るが、そればかり。黒子の姿はない。
ちょこまかと……面倒くさい
もう一度、引きずり出してやろうか!
DERAを持たない左手に磁力を発生させる。コイル鳴きを聞いてからイメージ、あのグリニア兵の姿かたちを、世界の理を以て……
この手に!
ぎちぎちぎち、とさっき聞いた奇妙な音と共に姿が現れた。今度は躊躇せず、現れた姿に1マガジン分全て撃ち込む。だが、手ごたえがあったのは最初の数発だけ、後の弾は全て残像を抜けたように向こう側の壁を焼いていた。
ちっ
どう来る。姿は見えない、躁々しい笑い声とチェーンソーの音がが頼りだ。
後ろッ
どうせ狙ったところで意味はない、体は向けず銃だけを後ろへ向けて放つ。プラズマ弾が壁を焦がす音が聞こえた。だが注意すべきはそっちではない、チェーンソーの駆動音は?後ろに向けた銃口を、トリガを引いたまま水平に前方へ薙ぐ。行き場がなくなる筈、そう思って姿を探すが
ひ、低いっ……!
姿は目の前にあった。もともと小さい体を十分に生かした低さ、腰、いや膝丈まで落とした高さ。SMGでは射線が斜めに地面に刺さるため迎撃がひどく難しい。姿の方へ銃口を向けるが、すこしスウェイバックするだけで斜線から外れてしまう。慌ててそれを追っても遅い。まるで膝まで水につかった状態で、水面下を肉食魚が泳ぎまわっているよう。
やばっ
そう思った時には、もう遅かった。真下から現れたと錯覚するほどの角度で、足元からグンっと伸びあがった四肢が、私の体を押し倒した。転倒、マウントポジション。そこから鋸手甲を振り上げる一連の動きもまた流れるように滞りなく、速い。あの高速回転する鋸を首元に突き立てられたら、紙でも破るように頭と胴がおさらばするだろう。
マズ、いっ……!
アビリティ起動指示。高笑い野郎の体へ、あらゆる「線」がそこに吸い込まれるイメージ。徐々にじゃない、一気に、爆発、吸引して、すり潰す位!
磁化しろ!
いつも使うような、緩やかな磁化ではない、一気にすべてを吸引する急激な磁化。磁力線の腕は暴力的にあらゆるものを掴んで、引きずり寄せる。一方で、私自身は自分の体に逆極の磁化を施す。強烈な斥力が働いて、高笑い野郎と私の体は、弾け飛ぶように離れた。
ぐっ……!
壁に叩きつけられる私。体がばらばらにちぎれるのではないかと思う斥力の嵐に巻き込まれ、加えて強烈に壁へ激突。ダメージはかなりだが、首を落とされるよりいくらかはマシだ。
奴の方はまるで壁が地面であるようにくるりと足をつき、斥力が収まったところですぐにあるべき方向へ巧く着地した。
ゆだん、した
……つもりはないが、あんな一瞬から即死に繋がる攻撃を繰り出せるのだ、脅威にもほどがある。早く体勢を整え直さないと同じこと、即座に距離を詰めてまた鋸で首を落とそうとしてくるに違いない。
だが、そうはならなかった。
―アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!高笑い野郎は、何故か頭を抱えて悶えていた。仕掛けてくる様子もない。
な、なんなの……?
チェーンソーの駆動も回ったり止まったり、止まったり回ったり不規則に繰り返されている。フェイスマスクの口らしい部分からは、涎と思わし液体が垂れている。奇妙な悶声とチェーンソーの駆動音が、不協和音を奏でていた。
退却戦の開始だ。
開いた鉄扉の向こうに、この爆発で鉄と肉とオイルと血を撒き散らして死んだグリニア兵の残骸が見えたが、そんなものはグリニアにとっては物の数ではない。それをただのゴングだったかのように全く意に介さないまま、まさに雪崩を打ってランサー、ブッチャーとフレイムブレード、スコーピオンの軽装タイプが入り込んでくる。
だがそもそも、近接主体の兵装など、全くナンセンス。よほど多正面を強いられない限りあたるはずもないし、威力だって銃におとる。まったく意味のない兵科。グリニアの倫理観が如実に現れていると言えた。
ハ。こんな狭い通路で、軽装タイプが頭数ばかり揃えたところで。全部いただきだ
既にスタンバイ状態だったGORGONは即座に火を噴いた。GORGONは小銃用の弾丸を使用する小型の連装機関銃だが、一度トリガーを引くと、途中で離すわけにはいかない。撃ち切り前に中断すると、装弾不良を起こすのだ。固定銃座で使用する場合は秒間120発の連射速度を誇るが、今はこうしてバイポッド運用可能なようにわざと空砲を装填し、回転数も落としていた。全弾実弾装填で連射すればその反動は甚だしく、重装兵でも手で制御などできない。
バイポッドを立て、隘路に向けて匍匐でトリガを引いている間、姿を現したグリニア兵はばたばたと倒れていく。連射速度は高く、弾を撃つというよりホースで水をかけるイメージに近い。ホース散水と違うのは、喰らった相手はびしょ濡れになって笑うのではなく、文字通り「砕け散る」ことだ。使用している弾丸はマンストッピングパワー優先、つまり貫通力はそこそこに抑え、代わりに着弾時の破壊力を優先した弾丸だ。重装のアロイアーマーはともかく、軽装のフェライトアーマー相手には、「中の肉」に対して効果が絶大なのだ
狭い通路に犇めくグリニア兵はそれを回避することもできず次から次へと現れては倒れていく、まるで映像のリピート。最早どちらが弾丸なのかわからない。秒間40発へ落としているとはいえそれでも射線に晒されれば、1人に1発で済むことはほとんどない。頭に当たれば首から上は粉々に砕け散って赤い飛沫を撒く。腹に当たれば腹の中で開いた弾頭が衝撃を伝え内臓をずたずたに引き裂く。腕や足に当たればそれを捥いで地面に放り投げる。マズルフラッシュで赤く光るこちら側、向こう側は血しぶきで真っ赤に染まっていった。
10秒ほど布を裂くような高速射撃の音が続いた後、回転数が下がる。1マガジン撃ち切った。次のマガジンを装弾しなければならない。その間は他のメンバーにフォローしてもらう必要があった。1マガジン撃ち切った後のGORGONは、銃身が赤熱している。オーバーヒート時は照準制度が下がるが、この隘路ではそれも気にならなかった。
リロードっ、任せた!
リロード中は仲間に任せる。グリニア兵に対する我々の優位は、チームプレイにあるともいえた。報告とフォローの要請を伝える声を出すと、すかさずSyistがBUZLOKを構えラッチャーを放った。Syistのラッチャーはただの〝コロコロ〟ではない。彼のラッチャーにはBUZLOKのビーコンを取り付けてある。ラッチャーを敵陣奥に転げ込ませて、任意の場所にBUZLOKの弾丸を飛ばすのだ。元々はグリニア軍の武器なのだが……正式採用されるような類の武器ではない、敵の手にこれを見ることはなかった。
自動照準で蜂の巣とは、相変わらずえげつないですわね
無慈悲なVECTISにはかなわないさ、ただ臆病者なものでね
ま、長生きの秘訣ですわね
前に出た<溜息交じり>はSOBEKで兵士を次々にミンチにしていく。その横で、Clemは一人だけ映像を早回しするような速さで、敵の首を刈り取っていった。小柄な体と低い姿勢で、他の兵士より一段低い世界で動き回るClemは、まるで潜水する魚のよう。顔を出しては水上の虫を次々に一飲みにしていく。
こいつ、ちょこまか……
ただ少し視線を落とさなければならないだけだが、水平に展開する戦場で視線が俯角になるのは命取りだ。まるで足元へ銃弾を撃ち込まなければならないように感じることは、義体化によって失われた敏捷性の概念を圧縮する「銃」というツールを、有効な方向へ向けることが出来ない不利を強いる。
ぱんっっ
Qe'nemの徹甲弾が、BUZLOKの雨弾を掻い潜って顔を出したグリニアランサーの脳天とその後ろのブッチャーの胸をブチ抜いていた。足元ばかり見ると、前方の視野が狭まり敵からの射線に気付かなくなる。Clemに付きまとわれた兵士はとても効率的よくQe'nemのスナイパーライフルの餌食になっていく。当のClem自身は複数の敵に狙われても全く被弾の気配がない、銃弾が当たったかと見えてもそれはまるで止まっているような残像で、本人は弾の主の後ろに迫っている。速さと低さを利用して銃弾をぬって進み、VENKAで敵の首根っこを切り裂いていった。
Clemクンの援護のおかげで、鴨撃ちですわ~
Qe'nemはうっとり顔で目を細める。メレーの間合いに出て狙撃の手伝いだなど、まともじゃない。
フレームを着込んでいなくても、アレは、アレということか
あれが、ただの人間の動きなものか。
私はリロードを急ぎながら、視線はClemを追っていた。彼の動きは、これが初実戦ともとても思えない。それを目で追っている内に、他の全てがスローモーションになっているような錯覚さえ覚える。弾を込める自分の手も含めて、だ。オレは空恐ろしくなっていた。
会敵を確認したグリニア兵は戦闘態勢を敷いたつもりのようだが、カバーアクションを取ったりそのまま突っ込んで来たりその場で射撃を始めたりと統制は取れていない、Kelaの兵も程度の練度か。まごまごと前身とカバーアクションを繰り返すグリニア兵の群れの中に、褐色の、芋の様な形の何かが落ちた。まもなくその〝芋〟はいくつかの突起から色の付いた霧を吹きだす。TORIDだ。
私は念のため仲間へ指示を出した。それほどの有効範囲を持たないことは知っているが、同時にその悪趣味なほどの効果もよく知っている。Fire、という言葉が適切だとは思わないが、こんな特殊な兵器のために言い直す必要もない。効果を確かめたがっている<塗装屋>を若干前に残して、メンバーは数メートル退く。事情を知らない哀れなグリニアは我々が退却姿勢に入ったと見てここぞとばかりに踏み込んできた。だが、それが命取りだ。
back,back,fuckerrrrr!">■■■■■■■■■■■■■■■■■■
TORIDの毒霧を目の前に踏み止まった兵はしかし、後ろから雪崩込む友軍に押されてその中へ突っ込んでしまう。自覚なく致死領域へ押し込まれ、恐怖に歪んだ顔は直ぐに苦悶のそれに変わった。生の肺が残っていればそれは液状に破け、呼気の代わりに赤い泡立ちを吐き出す。人工呼吸器の者はガス交換器が溶解して窒息に至る。極小の地獄。この路地が狭いことも手伝って、たった一発のTORIDでここは地獄直通の近道へと姿を変えた。足を踏み入れればたちまちに呼吸器の潰滅と同時に、残っている生体部分はウィルスと毒に侵されて血爛れた塊と化す。ほとんどを占める無機物義体パーツは高温の溶解熱を放ちながら腐食崩壊する。毒霧へ踏み込み慌ててそこから脱出しようと試みる兵士は、瞬く間に溶け形を失う手足をばたつかせ、剰え後ろから上からどさどさと同じ運命を予約された友軍の重さに押さえつけられその場に取り残され、為す術もない。逃げたいのに仲間に邪魔されて逃げることも出来ずに内側を冒され、溶けた肉塊になって、腐臭を散らして蒸発し、息絶えていく。絶命の叫び声は、しかし強くない。即座に呼吸器をやられすぐに生命の尊厳を疑う潰瘍塊と化すからだ。自分の退避を邪魔していた仲間の体も、血泡へ変貌していく自分の体とそう大差ない有様で、しかしたった数メートル先にいる仲間は自分を恐怖の形相で見ている。何故、お前は平気なんだ、足元で毒霧を吹くB兵器弾頭とのわずかな距離が、この地獄の苦しみの差になるのかと呪いながら死んでいく。
おい<塗装屋>、くれぐれもそれをこっちに向けるなよ。銃口が向いただけでも頭にありったけの弾をぶち込みかねない
ああ、わかってる、わかっているよ
見ていた<溜息交じり>が<塗装屋>へ嘆願するような声を上げる。当の本人は今までに使ったどんな散布系兵器よりも残虐、そして愉快なこの兵器の効果に笑みを堪え切れないでいる、メンバーも呆れ顔だ。
こいつの弾は節約することにする
それがいいですわ。余りそれを使うと、天国に行けなさそうですし
TORIDを引っ込めた<塗装屋>に変わって、Qe'nemがVECTISを構える。
私の弾なら、苦しまずに逝けましてよ。感謝、下さいましね
旧式、だが十分な性能を持ったスナイパーライフルは、正確無比にグリニア兵の頭を吹き飛ばしていく。脳は義体化で増築することはできるが、完全に置換する技術はまだ確立されていない。弾丸が頭に当たればそれは、例外なく赤白い飛沫を撒き散らす。発射、命中、装填、発射、命中。淡々と繰り返されるそれはまさに作業«ルーチン»だが、グリニア兵の頭はテンポよく無慈悲の花を咲かせていく。
ただの的当てゲームだな
ええ、ハンディを差し上げてもいいくらいですわ……コンボ継続中~
ハンデなぞやらんがな。スコア稼ぎは出来る時にしとこう、築いたグリ猿の屍の山の高さが徳のそれって奴だ。ハァ
コーパスに入信できるかもな、それ
入院、の間違いではなくって?あんな狭いボロ寺に押し込まれたら、それこそ気が狂ってしまいますわ
「狭いのは、この『巣』も変わらんけどな。フゥ」GORGON、装填済んだぞ。<溜息交じり>、Clem、下がれ。
了解
GORGONが予備回転を始める。<溜息交じり>がオレの指示で下がった。Clemは、しかしまだ下がらない。まるで草刈りに興じるかのように、グリニア兵の首を落とし胸を貫いて次から次へ葬っていく。鬼気迫った表情が、生身の体の貌にありありと読み取れた。何か思いつめたような、強迫じみた顔色。
Clem下がれ!もう十分だ、Clem!
私が再三退避を指示しても、Clemは下がる気配を見せなかった。それどころか。
殺さないと……グリニアを、殺さないと……もっと、もっと殺さないと
指揮官仕様に感度を上げた集音センサーは、Clemの声を捉えていた。オレは沢山殺せなんて指示はしていない。Clemの方だって、無暗に命令に背くような奴ではない。彼の独言は、まるで自分を追い込むよう内容、それを裏付けるようにその声は探索集音でなければ拾えないほどの音量、いや声量だった。
Clem……どうした?
何かに強要されているかのような、必死の形相。目で追うのさえ困難な速度で、視界の水面下を行く小さな体躯が水面から顔を出す度に、隣のグリニア兵が血飛沫を上げて倒れていく。元より信じ難い敏捷性だが、それは一人を屠るたびに更に加速しているように見えた。十何人目かを殺す内に、光学的な捕捉が厳しくなっていく。風、と表現するしかない残像としてしか捉えられないその影に撫でられると、たちまちぽとりと首が落ちる。突然胸部に穴が開く。片腕が吹き飛んで、足が突然体を支えるのを止める。彼方此方に赤い水流や霧吹きが現れるのに、しかし相応の銃声が聞こえない。レーザーの光もレーザー創特有の焼ける匂いもない。メレー主体の姿も見えない。何故そんなことが起こっているのか全く見えない。前触れなく命を刈り取る残虐魔法。
こんなものを見せられて、Clemのウデを今更疑う余地などない。だがそれでも、敵の群れの中でメレー主体で立ちまわり続けるのは、安全な方法ではなかった。これがClemでなければ、ただの自殺志願者だ。
Clem!メレーはリスクが高い、無理にお前が殺す必要はないんだ!下がれ!GORGONでやる!
だがClemはオレの言葉に耳を貸そうともしない。未だ最前線でグリニアの大群流入を抑えていた。勿論、再度前へ出た<溜息混じり>の共闘とQe'nemの援護射撃とは続いている。
グリニアにもメレー主体の戦闘員はいるが、それはグリニアの旧態依然とした軍組織の構成上の理由とクローンをいとわない倫理観に立脚して存在するだけで、それは主力たり得ない。現にコーパスの民兵(コーパスは全ての民を〝市民〟として扱っており、軍隊も徴兵制はあるもののシビリアンコントロールを受けた民兵と位置付けられている)には、近接兵装の兵士は非効率的とされ存在していない、例外的にプロッド装備の兵士はいるが、組織的に編成されているのではなく単に作業員として配置されているために他の武器を持たないというだけだ。今こうして目の前でメレーが戦闘基軸になっているのは、近代戦としてはありえない姿だった。近接戦は、現代戦ではナンセンスとなっている。だがそれを実現しえているのは、一重にClemの身体能力の高さ故だ。―いや、それは純粋な身体能力ではないのではないか、だって、Clemは。
<少尉>、Clemを下げてくれ。幾らこいつがオートロックとはいえ、いつ誤射するか気が気じゃない
もう言っている!
だが、下がらない、下がってくれない。一体、何がそこまで?
だめ、ボクが殺すの。ボクが、ボクは
しかし、急にどうしたというのだ。近接戦闘技術は確かに卓越しているが、好んで殺戮をするような奴ではなかった筈なのに。こんなClemを、私は見たことがなかった。
殺さないと。グリニアを殺さないと。フレームなんかなくったって、殺さないと
……Clem
〝フレーム〟。その言葉がそれの理由を決定づけた。
オレの、ミスかもしれない。
Clem、もういい!お前はもうTENNOじゃないんだ!SteelMeridianの兵士だろう!
ボクは、まだTENNOだ。<少尉>の役に立てる。みんなを守れる。フレームなんかなくったって、グリニアを沢山殺せば
彼は、TENNOであることを背負いすぎているのだ。実戦を踏んで、自覚のプレッシャーでタガが外れたのだ。まずい、のは、もう十分にわかった。やはり、そのことを彼に明かすべきではなかったのだ。隠すことが正しかったというつもりはないが、そうした部下の扱いも含めて、指揮者である自分の非のように思えた。
殺す……殺す!グリニアを沢山殺して、ボクは、証明するんだ!
小声の独言は、突然大声に変わった。ぶつぶつと自分に向いた呟きは、周囲へばら撒く独白へ姿を変え、それによって彼のテンションが裏返したように、変わる。
遅いよ、グリニアのブタ共!そんなんじゃボクが全部殺しちゃうよ!?あはは、あははは!
高笑い、部屋に響き渡るClemの声。さらに加速する、persec">速度。裏返った躁人格。
もっと、もっと来なよ!たっりない、全然ダメだよそんなんじゃ!もっと面で攻めてこないと、当たってあげる気にもなりゃあしない!
いつものClemじゃない。そんなことは、一目瞭然だ。それに心当たりがあることも、オレにはキツい事実だった。
<少尉>。Clemクン、戦闘ストレス障害じゃございませんこと?
……かもな
彼の躁状態に気づいたQe'nemへは適当に応答したが、恐らく戦闘ストレス障害ではない。敢えて無理に何かに当てはめるのなら、英雄妄誇だろうか。やはり、彼に明かすべきでは、なかったのだろう。あるいはSteelMeridianなんかに来なければ感じない重さだったかもしれない。オレが墓場まで持っていけば、彼は無用な重さを感じることはなかったのかもしれない。Warframeを持たないTENNOにそれは、重すぎたのだ。
ぶちり
その音が、一体、何が引きちぎれる音なのか、ボクには分からなかった。グリニアと言われるこの化け物じみた人間(驚くべきことにこの半分ロボットで半分ゾンビの様な二足歩行は、人間なのらしい)は、僕の知っているのとは全く異なる器官を有していた。ボクの、刀身を切り詰めたVENKAが切り裂き引きちぎったものが、ボクの知る「人間」ではどの器官に当たるものか、筋か、皮膚か、骨か、或いは臓腑か、分からない。
ただ幸いなことに、ボクの知る人間とそれが同じであったのは、どこをであっても深く突き刺し抉り捥げば、とりあえずは死ぬらしいということだった。
たった今引きちぎったのは、相手の腹部から押し出されるように飛び出した、シリコンチューブの絡み合った塊のようなもの。形状は腸だが、感触が違い過ぎてどうにも同一性を得ない。まだ息絶えてはいないので、空いた方のVENKAで、そのもう少し上の方を袈裟懸けに撫でる。ウィンナー炒めの切り込みみたいに、グリニア兵の顔と胸あたりに四筋、べろりと内側がめくれるような裂け目がついて、それは倒れた。その裂け目からも、溢れ出たチューブの蜷局からも、赤い液体が漏れている。血?こんな人間でも赤い血が流れているのか。いや、血にしては粘性が高く、その色は少し朱に近いかもしれない。
次……っ
姿勢を低くし、銃口の延長線全てを想定しそのいずれも遮らないルートを選んで次の獲物へ。低く、低く。銃を持つ相手の肩よりも低い姿勢を保てば、射線は地面へ向く。地面へ向いた射線は無限遠を持たないため、銃口の軸を前後へ移動するだけでも、届かないか、下に潜り込む形で回避できる。
そうだ、昔、ずっと昔、目が覚める前、いや、ボクがまだTENNOだった時、確かにこうしていた!こうして銃弾の雨を掻い潜って、高慢な「オロキン」を、殺していた!
小さい相手と戦ったことが、ないのか、なっ?
一息に距離を詰めて銃口よりも内側、つまり密着距離へ入り込むと、仮面で覆われ読み取れない表情から、驚愕と焦りと、そして恐怖が滲んでいる。すぐに銃を放り出して格闘に切り替えようにも、もう
遅い
潜り込んで下からアッパーカット。右拳の爪がグリニアの顎から突き刺さる。右目の下あたりの頬骨を破って、爪の一本が顔を出した。そのまま胴を蹴り飛ばすと、バチンと乾いた音が鳴って首が外れた。朱色の液体が噴きだす。右手に残った頭を、爪を振った遠心力で捨てる。
次、
銃だなんて、どこに当たったかもわからない、命を刈り取る感触も伝わってこない方法で殺して、一体何が楽しいのだろう。爪が敵の肉体に突き刺さり、器官を破り、臓物を引きちぎり、相手の息絶える瞬間の視線を感じるから、楽しいのじゃないか。
は、ははっ
<少尉>のために、殺せる。沢山殺せる。殺すのがこんなに楽しいなんて、考えてもみなかった。こんなに殺すのが楽しいだなんて、ボクがTENNOである証拠かもしれない。殺せば殺すほど、体の内側から脈打つ熱の塊みたいなものを感じる。大きくなる、言葉を以て語り掛けてくる。体が勝手に、最も効率的に殺すための動きを身に付けていく。思考ではなく本能が、肉体が、殺し方を知っていく……いや、思い出していく。
ボクはTENNO。TENNOは戦士。Warframeがなくとも、その本質に変わりはない。
―Clem、下がれ!<少尉>の声が聞こえた。どうしてですか?こんなにも殺して、この場所を護ることが出来るというのに、どうして下がる必要があるんですか?
殺せば殺すほど、思い出していく。自分が、TENNOだったことを。フレームを失っても、フレームなんかなくてもグリニア相手ならこれだけ戦える、殺せる、フレームがなくっても、TENNOとして、みんなを護って戦えるんだ!
はははっ、はははははっ!
笑いが込み上げてくる。満足感、充足感、何よりも、自分がこうであったのだと全て思いだしたみたいな自己同一感。TENNOである、ということは、こんなにも満たされることだったなんて。フレームがなくってもボクは、TENNOで、ボクは、ボクなんだ!
グリニアの進軍にも波がある。先鋒らしい第一波は、今僕の目の前で、手首を切り落とされて銃を落とし、逆の手でPROVAを取り出したその腕の肩を砕かれ、隘路の壁に追い詰められているコマンダー一人で最後らしい。
■■■■■■■■■■■■■!
その女王とやらも、ボクが狩ってやろうか
本隊が到達すれば、貴様らなど
どちらにせよ君にはもう関係ない、安心して死ね
兵士が、奥歯を噛みしめるような仕草をしたので、即座に爪で脳天をブチ抜いた。砕けて中身を撒き散らした頭蓋骨格ヘルメットの中には、脳髄と一緒に小型の爆薬が仕込まれていた。それが、白いふわふわを浮かべた赤い水溜りの中に、ぽつりと転がる。ボクはそれを踏みつぶした。電子的な爆破命令を受けられない爆薬はただの不活性窒素化合物でしかない。がり、という音を立てて、それは役目を果たすことなく機能を失った。
第一波を全て退け、洞穴内には静寂が訪れた。<少尉>も、Syistも、<溜息交じり>も、<塗装屋>も、Qe'nemも、一言も発さない。足元に無数に転がる引き裂かれた死体も、もちろん何も言わない。
あの世でも憶えておきなよ、グリニアの蛋白人形
ずるずると地面に頽れる、手と頭を失ったコマンダーの死体。その死体から青い光球が現れた。知っている、ボクはこれを。ボクはその青い光球を拾い上げ握り、もう一度掌を開いてそれが消えている、否、取り込まれていることを確認した。ほら、やっぱりだ。
このエネルギーを使う方法は今のボクにはないけれど、それでも「エネルギー」は、十分だった。
ボクが、TENNOだ。
お宝どころの話じゃないぜ、<少尉>。こいつはグリニア本国を出し抜いたかもしれんぜ
<アブ>が、珍しく色めいた声色になっている。
どうした。ガリウム鉱脈でもあったか?そいつはスゲェ、今夜は酒盛りだ。
ガリウム鉱脈なら酒盛りなんかしてる暇なんてねえぜ。護る力がない俺達は、グリニアが気付いたら退散するしかない。その前に掘れるだけ掘らなきゃいけないんだ。でもこいつは違う、鉱脈なんかじゃない。来てみろ、腰抜かすぞ
<アブ>が呼ぶ方へ行ってみると、土と岩でできている洞窟に急に機械的な構造物が現れている。奥に進めば進むほどその密度は高くなり、<アブ>の姿が見える頃には、私はすっかり戦艦の中にでもいるような気分になっていた。彼が指さすのは、足元にある人間大のカプセル型をした構造物。透明な仕切りで面を着られているが、まるで棺の様でもある。極仄かに、点、点と明かりが灯っており、一定点滅していたり点きっぱなしだったり、あるいはまったくランダムに点灯と消灯を繰り返している。未だに、通電しているのか?驚くべきことだ。
これは
円筒形のカプセルの中に、人が寝ている。このカプセルが地中から現れたんだ。答えは、一つだろう?
TENNO、だっていうのか?
見えるぞ、ほら。少年のようだな。全く義体化していない肉体ってのは、成長するとこうなるのか
……だが、TENNOってのはWarframeを着ているもんじゃないのか
そう聞いていたが、どうも、そうではないらしいな。こいつはどう見たって、何一つ身に付けていやしない、<少尉>にゃ、目の毒なくらいだ
あほ抜かせ
見たところ、10~50歳くらいの人間に見えるが、全く義体化をしていないままその年齢まで生きている例を、オレは知らない。初めて見た「どこにも義体化を施していない人間」。全身くまなくどこを取っても柔らかそうな肌、ほっそりした全身だが義体に頼らず発達した筋肉、義眼でもなければ口蓋も生のままで天然の髪の毛があんなに豊富に生えているなんてズルい程綺麗な顔。ついガラス―それがオレの知っているガラスなのかは分からなかったが―に貼り付いて、じっと見とれてしまう。
中のTENNOは、目を瞑ったままだ。全裸だから男だとわかったが、幼いこともあってか女みたいに可愛らしいラインを描いている。
開けてみよう
大丈夫なのか?蓋が開いた途端、オレ達の腹も蓋が開くとかないだろうな
一応、TENNOは人間と同等の知能があるらしい。問答無用にぶっ殺されたりはしないだろう。問題は、<少尉>の方だろう。TENNO嫌いのあんたが、いきなり脳天をブチ抜くんじゃないかとそっちの方が心配だ
そんなことするかよ……たぶん、しない
頼むぜ、もしかしたら重要な戦力になるかもしれないんだ。もしくはLotusとかいう奴との交渉材料に
わぁってるよ。オレにだって〝人間並みの知能〟ってのはあるんだぞ
そう願ってるよ
正しい開け方なんか知らないが、さっきの発光体を見る限り、電源は生きているらしい。エネルギーの供給なしに未だに機能を維持していることには不思議を通り越して恐怖感さえあったが、当然「開」なんてご親切なボタンは見えなかった。
よくよく見れば、それは二枚貝が合わさるように、上下に切れ目が入っている。恐らくここから開くのだろう。その付近をなぞるように見ていくが、やはり開け方はわからない。
……壊して開けようか
プレゼントの包装紙を破って開けるタイプだな
その通りさ、その方が中身が残念な時のリアクションが楽しいだろ?
取り出したCERAMICDAGGERを、思い切り切れ目に突き立ててみた。
がきっ!
鋭い音が立ったものの、全く歯が立たない。仮にもグリニアの装甲にダメージが入る貫通力と堅さを持った素材だというのに、傷一つついていないではないか。
すごい、セラミックの刃が欠けちゃった
それがやりたかっただけかよ。次は隙間に火薬を詰めるんだろ?なあ?
わかってるじゃないか
ライフル薬莢のリムを外して取り出した火薬を、二枚貝カプセルの隙間に詰め込んでいく。一回りのぐるり全てに詰め込むのに5発分。詰め終わったその一端に火をつけると、鈍い炸裂音が響いて、確かに蓋が浮いた。爆発に伴う煙がいくらか出るだろうと思っていたが、それは全てカプセルの内側へ吸い込まれた。中は気圧が低く保たれていたらしい。
ほらな
なんのドヤ顔だ。それを被って遊ぶ前に中身を確認するぞ
わぁってるよ
接続部は爆発で壊れたらしい、蓋は容易に外れた。TENNOと思われる中の人間は、爆発の音か、気圧の変化か、もしくはオレ達の声に反応して、まるで眠りから目を覚ますみたいに薄く目を開いて、のそりと上半身を起こした。その様子は、義体化した人間には見られない柔らかな動きで、ただ上半身を起こすだけだというのに妙に、どきりとさせられてしまう。
■、■、■■■■■■■
中の人は、何事か、声を発していた。これがTENNOであるのなら、恐らくオロキンの言語なのだろうがオレ達にはさっぱりわからない。何を言っているのかは分からないが、その様子は……どう見ても、寝起きの子供である。
<少尉>、なんかこいつ
ああ、<アブ>。言いたいことは分かる。そして、その通りだ
人間並みの知能なんていらなかったんだな。お前には、その腐り切った女子脳があった、それで十分だったんだ。これは
うるさい、それ以上言ったら本当にぶち抜くぞ
否定はせんのだな
……
言葉がわからないのはお互いさまらしい。TENNOと思しき人物も、オレ達のやり取りをただ見ている。その間も……全裸だ。
と、とりあえず服を着ろ。お前、TENNOなのか?Warframeは着てないのか?///
<大尉>、顔が真っ赤だぞ
うううううううるさいな、服を着ていない人間がいたら服を勧めるのが、〝人間並みの知能〟ってやつだろう!?
完全に蛇にたぶらかされた人間だな。とりあえず、鼻から漏出してる冷却液を何とかしろ
お、おう……すまない
鼻を拭いてると、視線に気が付いた。TENNOが、オレをじっと見ている。義眼ではない生の瞳、見られているだけでなんだか調子が狂ってしまう。TENNOは、オレがその視線に気づいて視線を返しても、目を離そうとしない。それどころか、にっこりと笑って、何事か言葉を発している。意味は分からないが、恐らく悪い言葉ではないだろうことは、表情から読み取れた。<アブ>が横から顔を出してそのTENNOの顔を覗き込んだが、彼の視線は全く<アブ>へ向くことはなく、一心にオレの方を見ている。なんだか、照れくさい。
お前、TENNOの癖にWarframe着てないんだな。それじゃ普通の人間と変わらないだろう。ウチに来るか?ん?
クブロウみたいだな
えっ?
刷り込みだだよ。一部の卵生生物は、孵化後一番最初に見たものを親と思うらしい
冷凍睡眠装置は卵で、TENNOは、クブロウか
たとえのつもりだったが、懐き方は子犬のそれだな。名前を付けてやればいいんじゃないか
名前。オレには子供がいない。そういうことなら、Meridianのメンバーの中で子持ちの奴に付けさせればいいかと思ったが、<アブ>はオレに付けろと言う。
……Clem
Them、を崩したことばだ。この子はオレ達のものではない、恐らくはTENNOの、オロキンの持ち物なのだろう。そういう意味で、Them、にした。
悪くないんじゃないか。ほら<少尉>、外套でも貸してやれ。いつまでも裸のままじゃまずいだろう
よし、Clem。今日からお前はClemだ。
オレがそういうと、彼―Clem―は、跳び上がってそのままオレに抱き付いて来た。
〝Clem〟!
あ、ああ。悪くないな。生身の少年の体とは、とても柔らかい!
おおい<少尉>、〝こっち〟に戻ってこい
冷凍睡眠装置から起きたWarframeを失逸したTENNOは、そのまま普通の人間として過ごしました、めでたしめでたし、で、あればよかった。
だが、そうはならなかった。
「そうはならなかった」、それだけの、これはそれだけの、話だ。
第一波の兵士は全て片付いた。オレのGORGONが勝手に食い散らかしたのを除けば、Clemがやった数は群を抜いていた。あれを、メレーで、だと?
Clem自身と、Clemと会話していたオレ以外は、皆大して大きな負荷があったわけでもない。片グリニアの死体の山を前に、一息ついている。<溜息交じり>など、煙草をふかしていた。
Clem。お前の力はわかった。だが次の波からは、頼むから、一旦下がってくれ
<少尉>、どうしてですか?ボクはTENNOです。無償でSteelMeridianを支援する、ただ一人のTENNO。グリニアを退け、皆を護る、そのための〝力〟になります。
お前はTENNOではない。Warframeを失逸したTENNOは、機能しない。
TENNOがTENNOとして単騎で強大な力を誇示できているのは、Warframeの持つ正体不明の超能力に因るところが大きい。単にパワードアーマーとしての観点であれば、グリニアのテクノロジでもあの程度のものは実現できるかもしれないのだ。だから、Warframeを失逸したTENNOなど、ほんの少し身体能力の優れた人間でしかないのだ。速さにおいて、Clemの能力は確かにその通りの性能を示していたが、件の超能力を使用できない以上、それ以上の存在としても見込めない。それは彼に期待をしていないという意味ではない、我々の仲間として妥当であるということであるし、兵士としては跳び抜けて有能であることに変りもない。
そんなことありません、今の戦い、見ていたでしょう?グリニアなんて、ものの相手じゃなかった。あんなの何百人連れてきたって、ボクの相手じゃない
それでもだ。Clem、お前は、SteelMeridianの戦士になりたかったのではないのか?
はい。SteelMeridian専属の、TENNOに
Warframeを失逸したTENNOは、フレームを保持するTENNOとは違う生き方を見出さなければならない。TENNOは一人で独立して存在を誇示していかなければならず、それにはあの超能力は必須なのだ。TENNOを名乗ることは、グリニアの兵士に毛が生えたような戦士では自殺行為でしかない。現に、独立結社には稀にそうした狂人の類が現れるが、すぐに死体として転がることになる。Warframeを失逸したTENNOが、そうした実態とともに生存している事実は、太陽系のどこにも聞えていなかった。
若いClemに、それが伝わるだろうか。
SteelMeridianは専属のTENNOなど求めていない、見誤るな。フレームを失逸したTENNOは、生まれ変わらなければいけない。TENNOではない、もっと別の何かに
<少尉>。ボクは、TENNOとして生き続けます。だって、ボクをTENNOの冷凍睡眠装置から起こしてくれたのは<少尉>だから
Clem
目覚めさせたのはともかくとして、TENNOであることを伝えたのは、やはりオレのミスだ。Clemは、TENNOであった事実など、思い出す必要はなかったのだ。Clemには、ただ、SteelMeridianの一員として、ここに残っていて欲しかった。他の、何も、彼には求めていないのに。
<少尉>、ボクは、<少尉>の役に立ちたいんです。組織のためとか、みんなのためとか、そんなの、そんなのどうでもいい。<少尉>がSteelMeridianを大切に思ってるから、ボクもそれを護りたい、それ以外の理由なんてありません。TENNOなら、それをもっと上手に、できる筈です
頼もしいと、思ってる。でも、それはTENNOとしてのお前じゃない。Clemはあの時裸で、Warframeを着ていなくて、ただの人間だった。TENNOだからじゃない、いや、TENNOでなんかあってほしくない。オレは、お前に救世主を望んでるわけじゃないんだ
仮にTENNOであったとしても、そうであるという事実に体重をかけて欲しくはない。彼がWarframeを失逸したTENNOであることもそうだし、SteelMeridianに特定のイデオロギになり得るTENNOという存在を取り込みたくないのもあったし、何より、ClemがTENNOというなんだか得体の知れない、遠い存在になってしまうのが、オレは嫌だったのだろう。
Clem、わかってくれ。フレームを持たないお前は
と、その時、Syistの声。
<少尉>、第二波が来る。
……速いな
第一波を片づけてから、まだ一刻も経っていない。それとも、やはりメレー主体では波一つ片づけるのに時間がかかるということだろうか。どちらにせよ、備えなければならない。
<アブ>からの報告だと、あと半刻持ちこたえられれば全員の避難が完了するらしい。次の波もさっきと同じであってくれれば楽勝なんだが
防衛ミッションは、もはや楽勝だろう。だが、その楽勝の原因が憂慮事なのだ。相手がKelaの兵で、その軍兵もまた狂人であるのなら、Clemは一層自信を得てしまう。だが、幸か不幸か、そうもいかない様だった。
楽勝、ともいかなさそうですわ
Qe'nemが、不穏なことを言う。狙撃型のチューニングを施してあるQe'nemは、索敵範囲を広域にセッティングされている。遠方から迫る敵をいち早くキャッチする可能性が、確かにあった。そのQe'nemが黒モーフィクスの目を不満げ歪めて言うのだ。
レーダーの反応距離が、妙に短いです。明らかにステルスですわ。コーパスならともかく、グリニアでステルスを搭載した部隊なんて……限られてますわね。もう、近くまでいらっしゃってます
言わんとすることは、この場にいるClem以外の全員が察した。
仮にClemクンが本当にTENNOでいらしても、こればっかりは厳しいですわね
……なんだっていうんですか
TheGrustragThreeとWatch">殺光部隊だよ。グリニアで部隊全員が高ステルス性能を持っているのは、彼等率いるWatch">殺光部隊のみ。グリニアにしては珍しく兵士を使い潰すことなく〝実経験の蓄積〟を重視している部隊と聞く、実戦経験を持って帰ることが重要な任務の一つになっているらしい。高性能な装備をしているせいもあるが、極めてタクティカルな動きをする彼らは、死を恐れない他の兵士と強さのベクトルが違う。とにかく、強い
TheGrustragThreeはグリニアにとって良い意味で、つまり我々にとっては都合が悪いのだが、Watch">殺光部隊を使わない。TheGrustragThreeは部隊を使わず3人単独行で任務を行おうとする傾向があって、故に三馬鹿などと呼ばれているが、実際3人でコーパスの師団を釘付けたりするのだから相応の行動ともいえる。TheGrustragThreeはVayHekの配下らしいが、Watch">殺光部隊には別に部隊のリーダーがいて、TylRegorの息がかかっているらしい。全く別の行動をすることもある。どちらを相手にするのも無理だ。コーパスの実戦部隊でもまともに取り合ったりしない。
<少尉>、退却を。もう、時間稼ぎは十分でございましょう?
ああ、仕方がない。全員が巣に入ったという報告はないが、奴らが探索に切り替えるまでの時間を考えれば問題ないだろう。何かあっても……ぎりぎりの犠牲だ
殺戮と破壊においては凄惨目を覆うTheGrustragTheeと、統率のとれた精鋭であるWatch">殺光部隊。最悪の想定は、前者は現在の巣の破壊と迎撃部隊(つまりオレ達)の壊滅を担い、統率のとれた後者が迅速に新しい巣を捜索するというストーリー。そうでないことを祈るばかりだ。
何ですか、さんばか、って。……そいつを殺せばいいんですよね?
やれるものか。お前で殺せるのなら、オレ達でとうにやっている
ボクを入れれば、殺せます
おまけにWatch">殺光部隊を連れて来ているんだぞ、無理に決まっている。Clem、これは命令だ。我々はこの拠点を退く。これは防衛ミッションであって、耐久ミッションではない。いいな?
退くぞ。オレがそう言うと、全員が迅速に移動の準備をする。戦力に乏しいオレ達は、基本的にゲリラ戦が多い、移動、展開、戦闘、撤収、移動、の一連の流れは、速度が命なのだ。
撤収にあたってはその場に空薬莢や弾丸も残さない。我々の銃は排莢機構に手を加えてあり、それは全て回収される。それを残しては、こちらの武装が知れるからだ。ここにどんな部隊がいたのか全く分からなくするのが、理想なのだ。
Bullet">弾莢残、なし。
Shared">装破片、なし。
Blood">血痕等、なし。
よし。撤収する。散開し、Grildrigへ集合後、問題がないようならRimtocの巣へ集合する。
不服そうなClemだったが、とりあえずは頷いていた。
Clem、一緒に来るか?
いえ。一度散開するのですよね?なら、その通りに行動します。ボクはこのままSticknyを経由して、グリニアの採掘場にちょっかいをかけて目を引いてからGrildrigへ向かいます。
Clemの実力は、よく見せてもらった。何もかも破壊しろと言うのではない、攪乱して離脱し、特定ポイントで合流ということなら、十分だろう。
わかった。くれぐれも、無理するなよ。
……わかってますよ
じゃあ、ご武運を。
いつもの可愛らしい笑顔で敬礼するClem。
だが、わかってなんかいなかった。
散開して2時間後、ClemがG3に宣戦しているのが、プライベートチャンネルの通信で聞こえてきた。
急にその場に停止し、妙な声を上げる兵士を、私は警戒を緩めないまま見ていた。
―アアアアアアアアア!!グリニアの兵には精神的に不安定なものが多いと聞くけれど、これもそういう奴かしら……?
と、注意を怠らずに見ていると突然、黒子兵士は自分の肩へ手の甲に備わった小型のチェーンソーを、あてた。それは起動し続けているというのに!
柔らかいゲル質を攪拌するような音を立てて、チェーンソーの刃が肩の肉を刻んでいく。びち、びちびち、チェーンソーの刃は本質的には切ることが目的ではない、砕いて壊すことが目的だ。破砕を線状に並べた結果切断に至るというだけである。それを、肉にあてればどうなるか、細かく引きちぎられた血肉の破片があちこちに飛び散って斑を作っていく。いやな音を立てて、それは続いた。
な、なんだっていうの、いきなり……
急に自傷行為に走る高笑い兵。チェーンソーを肩に、首筋にあてて切れ込みが入ったそこに、加えて指を付き入れる。
ひっ……
小人兵の行為に、私は思わずひきつった声を上げてしまった。自分の肩に鋸をあてて、出来上がった切れ目に自分の手を入れるだなど、尋常の沙汰ではない。行為の異常さとその痛みを想像して、私は目の前の小さな兵士から目を離せずに強張った足を動かせないでいた。
さっきまで狂ったように笑っていたのに、今度は、何をしているの
自分の肩の肉に手を突っ込んで、何かをズルリと引きずり出した。頭だ。高笑いの兵士は、自分の肩からチェーンソーで自分以外の頭を取り出そうとしていた。
―じゃ、魔、入り込んでくる、切り取らないと乗っ取られて……フレームが欲しいのに、ボクは……肩から引きずり出したそれは、頭蓋骨を持っている。それを鷲掴んで引き出すと、わずかに発達した髪の毛、虚ろで動かない目、鼻らしいが未発達の穴が備わっていて、それは肩や背中と何本かのチューブで繋がっていた。それを引きちぎると、膿疱を割ったときのように、どば、と粘性の高い代替血液が噴き出す。その頭は地に打ち捨てられ簡単に砕けた頭蓋の中身が、地面にシミを拡げた。一つの頭を抉り取り終えると、同じように別の頭を取り出し続ける。肩と背中に、もともと入っていた頭部を刳り貫いた空間が出来、そこは肉が露出して血が沸いている。ぼこ、ぼこ、とぽっかりと開いて肉の中に開いた穴。肩から背中から頭が抜き取られるたびに数が増え穴は大きく広がり、出血は増していく。地面には自分の中にあった別の脳を叩きつけて割れた赤い花がいくつも咲いて行った。
―は、はは、ははは少年兵のものらしい声は、震えるような小さな笑い声。やがてチェーンソーの回転は止まり、肩に並んでいた目は全てなくなって、その数だけ地面に脳片が転がった。小さく笑いながら蹲り、動かない黒子兵。
―テン、ノ……フレーム……ボク、のフレーム?Warframeのことを言っているの?
急に、グリニア語で首尾が通る声が聞こえてきた。グリニア人の声というのは、機械の声帯を使っているからか、それとも単にそれが安物だからなのか、いつも無機質でしゃがれた耳障りな声だ。視認さえままならない速度で目の前に現れ、だが突然止まって縮こまって震えている正体不明のグリニア兵のその声は、他のグリニア兵の声に比べてより一層聞き苦しい。それはしかし、発振器の雑音や部品の軋みの聞き苦しさではない、純粋に声色が、震え、強張り、上擦って掠れているのだ。
グリニア語とはいえ、こんな「声らしい声」はTENNO仲間やLotus以外から聞くことはほとんどない。まして、グリニア兵からこんな声を聞くなんて。そういえば、グリニアでもフォボスにいるのは、義体化はしているとはいえクローンではない人間ばかりなのらしい。これはフォボスで作られた新手の兵士かもしれない。
―フレーム、ボクに……あれば、あのとき、さっきみたいにできれば、ボクだって……!フレーム?Krillみたいにストリップ強要趣味でもあるのかしら?さっきみたいってMagnitizeのこと?何を言っているのかさっぱりだわ
相手がグリニアであると知れた以上こんな状態でも油断はならない、この場で即座に引き金を引いたって構わない位だ。だが、見たこともない型のグリニア兵である上に、古オロキン律を喋っていたのが気になる。何より、今の、異常な自傷行為。
LotusかSimarisなら、何か知っているかも。スキャンしてデータを送りたいけど……
見たところ銃は携行していないようだが、さっきまでの驚異的なスピードを見た前では、それはこれっぽちも安心の材料にはならなかった。飛び道具に等しい速度で本体が飛んできてあの鋸手甲で襲ってくるなど、余り相手にしたい相手ではない。そんな相手を目の前にして、銃を収めてスキャナを取り出す勇気は、流石に私にはなかった。銃口を逸らすことが出来ない、あの速度で、この距離から瞬発されたら、シールドだけが頼りだ。
私は、手を出すべきか迷った。下手な感染体より余程厄介だ。さっきまで殺意を剥き出しにして見えないほどの速さでメレーを仕掛けてきたのが、今はそこでああしてうずくまっているのだ。もしこのままこの場を去れるのなら、交戦せずに脱出したい。
DERAはコーパス製レーザーSMGだが、その特色は高い連射力にも拘らずリコイルもブレも0であることだ。同様に連射力の高さが特色のグリニア製SMGは、リコイルは酷いしスプレーのように弾が拡散する。今ばかりは、DERAを持ってきてよかったと思う。蹲った小型の兵士へ銃口を向けたまま後退る。離脱したい。
数歩、後ろへ下がって、もう数歩遠ざかれたのなら、パルクールを駆使して全力で逃走をキメるつもりだった、それで逃げ切れるかどうかは分かったものではないが。
―フレー……ム、それを、そのフレームを……!?っ
蹲ったままだった小人が、呻くような声を上げて、私の方へ顔を上げ、残虐な手甲を据えた棘じみた指を伸ばす。まるで私に、何かをねだるように。黒いフェイスマスクの眼孔の奥には、ぎろりとまん丸の瞳が覗いている。眼窩のほとんどを黒目が占めており、わずかな残りを充血した白目が埋めていた。黒目が大きすぎてどこを見ているのかわからないが、恐らくその視線は指の差す先、つまり私の方に向いているのだろうことは、流石にわかった。赤いガラス質の奥に見える瞳は瞼で瞬きをしない、その代り、瞬膜の様な半透明の膜が規則的に眼球の表面を舐めて水気を潤していた。目から機械のパーツが剥き出しになるカメラアイやレーダーアイではない、だがそれよりも数段不気味だ。化け物じみた様相から、しかし古オロキン律やグリニア標準語が漏れてくることが不自然にさえ感じられる。人間よりも、地球や海王星の原生生物を彷彿とさせる。
また、〝フレーム〟?Warframeを強奪するための兵士だとしたらあの鋸手甲は、皮剥用ってこと?……そんなの初体験過ぎて無理、堪ったものじゃないわ
まだそうと決まったわけではない、だが、私を指さしそんな言葉を吐いているのだ、そうと考えるのが自然だ。そうであろうとどうであろうと、あの速さを相手にするのは、二度と御免だった。
やっぱり交戦はリスクが高い。ニンジャは生存を第一義とするものよ、生憎だけど、Warframeをくれてやる気もない!
逃走を決意し背を向けた時だった。
―<少尉>、<少尉>、ボクはまた、捨てられるんですか?Warframeさえ戻ってこれば、ボクは、ボクは、TENNOだ。フレームさえあれば、ボクはみんなを……<少尉>を護れる、の、に……ボクは、ボクも、TENNOなのにTENNO、ですって?
フレームを失った?だがどう見てもグリニア兵だ、ショウイ、とはグリニア軍属が使う言葉でもある。
―恨めしい……なんであなたにはWarframeがあって、ボクにはないのか。その有無で、こんなにも道を分かつのか。そのフレームが……フレームが、ボクにも残されていればどういうこと?
フリーズスリープから起きた時、私は既にこのMAGのフレームを着ていた。ヒメもNYXを着ていた。そのままの姿で、嘗て眠りについたのだろう。もしかして、そうではなかったTENNOもいたということ?フレームを着ずに……いや、着るフレームが残されていなかった?
オロキンと、当時のTENNOについての情報は、今日ほとんどわかっていない。当時、どういう理由で眠りについたのかも、その時の状況も、何も。
―ボクには、目覚めても、二番目の夢を見る権利は、なかったということなのか。何が、あなたたちとボクは、何が違ったのか。護りたいものを護る力を、持てる者と持てない者、何の差があったのか。キミは、TENNOなの?
ぎ、と顔が上がって、ルビドーレンズを用いているらしい赤いガラス質の奥で、生々しい目が、私を睨んだ。
それを……
えっ?
っ!
既に肩と背中が穴だらけになっている少年兵が、チェーンソーの手甲を起動して私にとびかかって来た。この距離、あの速さで、あの鋸手甲の一撃を捻じ込まれたら、ひとたまりもない。
だが、彼にはもうその力は残っていなかった。
う……あ
元々TENNOの作り出したVENKAだが、ボクが使っても真価は発揮されなかったらしい。TheGrustragThreeの内一人が持っていたシールドには全く歯が立たず少しのひっかき傷を作ったに留まった。盾だけではない、鈍重なTheGrustragThreeの懐に入り込むのは容易なことだったが、そこからどの部位に何を撃っても、全く効果がなかった。至近距離でKARAKを撃ち込んだところで、全くダメージが見られない。何度仕掛けても、変わりはしなかった。
一瞬の隙、フラッシュグレネードで視界を封じられた瞬間に、盾で弾かれて転倒した。そこに、巨大なハンマー。Warframeを着ていないボクの脚は一撃で砕けて、平たく潰れた形であらぬ方向に曲がって見せた。未経験の激痛、声を出すことさえできない。
こんな時、WarframeのあるTENNOなら、得体の知れないあの超能力を使ってこの危機を脱するだろうか。そもそもあの槌を喰らってもこんな致命傷を負ったりしないだろうか。傷なんて癒してしまうだろうか。
―割り箸みたいな足、脆いなあ ―TENNOだっていうから、ちゃんとやったのに、全然だな ―ホラ噴きってのは、どこにでもいる。こういう、ただのバカも含めてなハンマーを持った奴が、その柄を残った方の僕の脚へ押し付けてきた。そのまま、まるでマッシュポテトを作るみたいに、押し潰す。べきべきと固いのに鈍い音が響いてそれは容易に厚みを失い、再び、激痛が走る。
あ、あああっ!!
一人が、ボクの顔に向けて、ショットガンを構える。口径が大きい、恐らく発射されればボクの頭は形を失って粉々になるだろう。余りにも呆気ない。余りにも違い過ぎる。Warframeがなければ、こんなにもボクは、ただの人間なのか。
ボクはTENNOなのに……!Warframeを失逸したTENNOだから、あの超能力が使えないから。TENNOなのに……ボクだってTENNOなのに!フレームさえ、あれば……残っていれば、ボクだって、戦えるのに!
Warframeが、Warframeが!WarframeWarframeさえ、Warframeを、Warframeを!Warframe!Warframe、Warframe、Warframe、Warframe、Warframe、Warframe、Warframe、Warframe、Warframe、Warframe、WarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframeWarframe
……War、fra
TENNOだ、ボクは……冷凍睡眠装置に入ったときには、TENNOだった……今だって、TENNOだ、なのに、なのに、フレームがなくて、なくて。だから……
ショットガンの引鉄が引かれる、そう思ったとき。
//その子供は、なんだ? ―は?知らねえよ。反乱一味の残党だ、自分はTENNOだなんて言ってたけどそんなんじゃなさそうだ。ショットガンの引鉄に指をかけた奴は、何者かと通信しているようだった。
//微弱だが、voidのパルスが出ている。テクノサイトウィルスに感染している可能性がある。 ―まじかよ、触っちまった //見たところ〝発症〟はしていないみたいだな。連れて来い。天王星の研究所だ。わかるな?Kelaには話を付けておく。 ―ほんとにこいつがTENNOだってのか? //TENNOとWarframeは別だ。Warframeを着ていなければ、TENNOといえど大した脅威ではない。だが、研究材料としては、別格だ。 ―めんどくせえ。つけとくぜ、博士 //構わん。但し、輸送中に〝偶然〟そいつが死んでしまったなんてことになったら、代わりにお前たちの体で〝実験〟を行う。 ―……ちっ、わかったよ //Watch">殺光部隊には、引き続き巣を探させる。お前達はそいつを持ってこい ―りょーかいショットガンが下げられて、代わりに奴のセンチネルがボクの上に留まる。ほどなくして網の様な橙の光が体を包んだ。その光の網は、どんどん輝度を上げ、目を瞑っていても光を遮ることはできなくなり、やがてその光は意識の中にも入り込んで塗り潰して……ボクの意識は、そこで途切れた。Warframeを持っていない自身への呪詛とともに。
―回収した。撤収する。Shik、Leekter、帰るぞ。銃を抜く暇もなく飛び掛かって来た小人を、私はOBEXで迎撃した。さっきまで見せていた、全く捉えることのできない程の速度なら、私はあっという間にやられてWarframeを奪われていたかもしれない。だが、磁性を帯びたOBEXの拳が、先にフェイスマスクを砕いた。自ら抉り取った副脳の欠損が影響しているのか、動きは明らかに鈍っていたのだ。
やっ、た……?
フェイスマスクの下から現れたのは、グリニア兵の例に漏れずまるで人間性を欠いた、粘土細工の様な顔面。水平方向には、額と、頬の少し上に切れ目が入っており、正中線とさらに加えて黒目勝ちが過ぎて逆に生気の無い不気味な瞳を左右に割る形で更に縦に2本、傷跡を隠そうとしてもいないだろう切れ目と縫い目がある。皮膚はたんぱく質ベースではなく、これは塩基系の化学素材で象られたこれも生命味の無い質感。鼻の突起は削ぎ落されているのらしい、平坦な顔の中央に、ぽっかりと穴が二つ開いている。唇はなく、頬などの皮膚が皺を刻んだままそのまま口の中へもぐりこむ形になっている。歯も失われて、開いた口の奥は乾燥した赤褐色だった。
グリニア兵の中でもドレーカル装備の者を始めとした兵士に見られる、人体改造の度合いが特に強い様相。拳が入った顔は、そうした人間味を切除された顔を、更に歪にゆがめていた。遺伝子操作も深刻なレベルで施されているに違いなかった。
副脳を抉り取った幾つもの窪みの奥から、運搬能を高めた朱色の代替血液が噴き出している。偶然であるにせよ入った私の拳で、黒い少年兵は、倒れた。死んではいないようだが……。
とどめを上げた方が、いいかしら
どうせもう助かるまい。いちいちグリニアの死を悼む心はもうどこかに忘れてきたらしいのだ、DERAの引鉄に指を置いた。そのとき、不意に別の殺気が現れる。
―そいつを寄越してもらおうか、TENNO ―失敗作は、きちんと回収する ―博士のおつかいもいい加減飽き飽きだぜ盾、槌、そしてショットガン。それに特徴的なアーマーを装備した三人組が現れた。
G3……!?
運の悪さも極め付けだ、なんだってTheGrustragThreeの果てまで現れるなんて。
//……ット、ジット、聞こえますか!?Lotusの声だ、通信が復帰したのか。
聞こえるわ、待ち焦がれた天の声
いるわよ、目の前に。それと、正体不明が一匹。正体不明の方はやっちゃったからもうダメだと思うけど
……逃がしてくれるのなら、ね
TheGrustragThreeの目的がどうやらこの兵らしいことはわかる。だが、それとこれとは別問題だ。私は改めてDERAをリロードし、戦闘態勢に入る。だが、TheGrustragThreeはというと、余り戦闘態勢とは思えない構えと陣形だ。VemTabookが、先に言葉を投げてきた。
―朗報だぜTENNO。命拾いの天啓さ。今はこいつの方が優先度が高くてな。気が変わらんうちに、さっさと行っちまえ。こいつ、って、これのこと?
その子を、どうするの?
博士……TylRegorか。素晴らしくロクでもないことを、やっているらしい。あの躁病兵も、Tylの〝実験〟が生み出したものだろうか。自らをTENNOと主張する、奇妙な兵士。グリニアの兵士の多くはTENNOへの憎悪を持っているが、あの兵士については違った。Warframeへの強い執着、他の兵士にはない傾向だった。
―こいつに感謝するんだな。こいつの回収がなけりゃ、TENNO、博士はお前を回収するつもりだったらしいからな。……そいつは感謝。お心遣い痛み入るわ。そして二度と会わないことを、祈ってる。アンタ達だって、その方がいいでしょう?
今度、ゆっくり遊んであげる。貴方達こそ、磁力のプラナリアになりたくなかったら、さっさと行ってしまいなさい
その子がTENNOだって話なら、その子自身から聞いたわ。でも、受諾できない。本当かどうかも知らない。仮にこっちに来たって、介錯するだけだわ。アンタ達が唾つけたんだから、最期まで面倒見なさい
私がヒーローだったら、やはり「その子を置いていけ」とでも言うのだろう。お生憎様。
TENNOは、ヒーローじゃないのよ。勘違いしないで。
そこから撤収は、あっという間だった。G3も私も、互いに手出しをしない様警戒をしながら離れた。双方とも感染体が入り込んできていたこの星を、さっさとおさらばしたかったからだ。
G3の奴らが捕縛用のセンチネルにぶら下げているあの躁病兵を、私は少し離れた場所で見ていた。彼が吐き出し続けた独白には、一体何の意味があったのだろう。あれは、TylRegorが手がけた新たな兵装なのだろうか。フレーム、という言葉に他のグリニア兵とは明らかに違う「欲求」を持っていたあの兵士は、一体どんな人間のクローンで、一体どんな人間の記憶を焼き付けた脳なのだろうか。
ここからなら平気かしら
コーデックススキャナ。既存のどんな記録にも存在しないことは明らかだったが、出来ればLotusやSimarisに見せてなんらかの情報を引き出したいとおもった。Simarisにはオロキン語の観点から、それにLotusには。
本当は、Lotusのやつ、あの兵士の存在を知っていたんじゃないの?
今回のミッションには不可解なことが多すぎる。だが、そもそも私とあの躁病兵を引き合わせる目的のものだとすれば、辻褄は合う。結果論に過ぎないが。
私はあの黒衣の兵士のスキャンを済ませてから、ライセットへと戻った。
お前は憶えてないかもしれないが、お前はTENNOなんだ。
はい?
オレ達が地下資源採掘をしていて見つかった冷凍睡眠装置から、起こした。あの装置の中で寝てたってことは、お前もTENNOだってことだ。
TENNO……
ああ。生憎、Warframeは着ていなかったけどな。そのせいか、Lotusとかいう奴からお前へのアクセスもないらしい。
オレのいうことを、Clemは飲み込み切れていない様だった。
元々Clemに「お前はフォボスのアンダーセブンの出だ」と嘘を教え込んだのはオレだったのだ、それを今更翻して剰えTENNOだなんて、普通ならば馬鹿と笑い飛ばすことだろう。だが、Clemは違った。
信じられないか、まあ、無理もないわな。
ボクが、TENNO……
オレの言う「TENNO」を反芻するClem。お前はTENNNOなのだという言葉をすんなりと受け入れ、自分に言い聞かせているかのようでもある。それは、彼自身が今まで、どこかでそういう予感にさらされながら生きてきたからかもしれない。全く機械化されていない体を、アンダーセブン故の貧困のせいだとはいっていたが、全くどの機能も欠損していない生身の体なんて、普通の人間は、持っていないのだ。
だったら、ボクがTENNOだったら、<少尉>を、Meridianのみんなを、ボクが護れるってことですよね
Warframeなしにそんな真似ができるとは思わないけどな。現にお前は、<アブ>から一本だってとれたことはないだろう?お前は、お前だ。TENNOかもしれないけど、もうTENNOじゃない。Clemは、Clemだ。それでいいだろう?
TENNOじゃない、そういうオレの言葉を、Clemはどう捉えていただろうか。……聞いてなどいなかっただろうか。
お前がTENNOだなんて、口が裂けても、言うべきじゃなかったんだ。
結局、CressaTalからあの高笑い野郎の話を聞いたところで、何かが変わるわけではなかった。グリニアの新しい兵装として認識されただけで、それは私達にとっては倒すべきものだ。CorruptedなTennoというものも、いるにはいるのだ。InfestedなTENNOというのも、いるにはいるのだ。私達のすべきことは、何一つ変わりはしない。
それでも、聞かされた話はやるせない気分を私に強いて来たし、次にあの躁病兵に会った時に、どうやって対処すればいいのか、戦術の問題ではなく、わからなくなりそうだった。
//オペレータ。メッセージがあります。ん?誰?
うん。あっと、Ordisの声じゃなくていいよ、〝普通に〟再生して
映像付きメッセージは、確かにDarvoからのものだ。私は、適当に挿入されている「送り待ち」を視線でタップしながらメッセージを聞き進める。
//友よ、あんたに頼みたいことがあるんだ……個人的なことなんだが。リレーに来てくれ、そこで話そう。メッセージの内容は奇妙なものだった。同時に、なんだか……これから酷く馬鹿々々しい出来事に巻き込まれそうな、そんな気がしていた。Darvoの依頼というのは、あれの親類に関わらない限りにおいては、いつもそんなものだった。あれの親の顔が出てくると、コーパスの面倒ごとに巻き込まれるので全力で遠慮したくなるが。
何だこりゃ。Lotus、Darvoの奴から変な連絡があったんだけど、なんか知ってる?
Lotusもなかなか非道いこと言うね。まあ、リアクターだのカタリストだのが出てこれば有り難いからね、ちょっと行ってくるかな。MOMIJIの世話、ヨロシク
MOMIJIとは、この間から飼い始めたクブロウだ。真っ白の毛並みがとても可愛い……まだあんまり懐いてないけど。
―世話?ごはんとか、たまにあそんであげたりとか。お願い
頼むから!ほんとに!
ちゃんと安定剤おいとくから!ここ、ここだから、ね!?
Ordis、お前もか!って、それDarvoの真似?
つまり信用できないってことか
あははは、冗談よOrdis。妬くなよ、愛してる
Lortus、ねえ、話をややこしくしないで!
だからややこしいってば、ああ!
フリーズスリープから目覚めてすぐにこんな船に一人で宇宙にほっぽり出された時には途方に暮れたが、気が付けばこの船も大所帯だ。ライセットの奥では、以前グリニアの発掘現場で略取したポッドから救出したTenno仲間である「高野姫」も寝ている。彼女はさっき別のミッションから帰って来たばかりで、帰ってくるなり疲れたと言って寝てしまった、目を瞑る前に柔らかい唇を貰ったところだ。何だか、笑いが込み上げてくる。殺すだの奪うだの破壊するだのという行為に自分の命をベットしている日常で、こうして軽口を叩ける気の置けない相手が幾つもある状況、寝ていた時間に比べてひどく短期間の間に突如そうなった経緯、何を取っても、私は幸運だったのだろうと思う。自分が何者かの人形だったとしても、運命と幸福感は個別のパラメータだ。
あの子も、誰かと出会えれば違っていたのかもね
それとも、〝出会っていなければ〟?
別れ際にコーデックスへアンロードしたあのグリニア少年兵のことが、頭をよぎった。生体演算器として付与された7つの脳の持ち主についても、きっとそうだったろう。
―やさしいのですね、Tenno……甘ったれてるだけよ。死に直結するわ、控えないと
その蘊蓄癖、Simarisから伝染した?まあ、行ってくるわ。Simarisにもよろしく伝えておく
神になんて興味ないわ。あんな無残な子を生み出すなら、そこに人格なんかあって堪るものか。もしあるのなら、ロクな奴ではない。……そう思っていたのだけど、Darvoの話を聞こうとリレーで彼に会い、話を聞く内にそれは幾許かの希望を以て覆された。
これがアイツのポートレイトだ、データを送っておくよ。と言っても、光学的には他のグリニア兵とそんなに変わりはないからな、現場では識別信号を送って確認してくれ
これ、って
時々、奴等は失敗して女王を敬わないグリニアを作り上げちまう。俺の契約者もそう言ったグリニアなのさ。だからあんたがあいつに会ったとき、あいつの顔を撃たないよう注意してくれよ。って、どうした?
Darvoから提示された映像を見て私は目を疑った。他のグリニア兵と変わりがないだって?とんでもない。いや、今この映像を見るにそれは確かにその通りかもしれない。でも、私にはわかった。
なんだ、知り合いなのか?マスコットみたいなナリでグリニアの内部からコーパスにもテンノにも内通してるなんて、見かけによらずやり手じゃないかアイツ。だったら話は早い。つまるところ、足が付いちまったってワケでな。アンタもわかっている通り、アイツは特別なヤツなんだ。少しばかり気味悪いが、とんでもない戦士なんだ。グリニアの奴らが最悪のことをしでかす前に、アイツの処にたどり着いてほしい。引き受けてくれるかい?
是も非もない。これは、あの少年兵と同じだ。彼のオリジンなのか、祖を同じとするクローン並列なのかはわかりはしない。本当に、あれがフレームを失ったTennoだったのかも定かではない。大体、そのいずれであったとしても、私に何かができるわけでもない。それでも、今の自分がライセットに得ている代え難い安堵感の有無が、何か些細なスイッチ一つのせいなのだとしたら、その些細な分岐が彼の身にあったって、いいはずだ。
ええ、でも、安くないわよ
おいおい、友人価格で頼むぜ。今回アイツが提供してくれる予定だった情報には、オロキンアーティファクトが含まれてる。それの山分けで手を打とう
後払いってことね
信用がないかね
いいえ、構わないわ。ちょうどそいつに……用があったのよ
だったら、決まりだな
神とやらがいるのならそれは、こうした誰かの同じく小さな意思一つなのだろう。大いなる意思など、認めたくもない。
でも、もうウチには置けないからね
このターゲットを救出した後、もしこれがグリニア本国に戻れないというのなら、SteelMeridianのリレー支部にでも任せるのがいいだろうか。それもダメとなればきっと、あれでも案外情に厚い男だ、Darvoが引き取ることだろう。この殺伐とした太陽系も案外、そうした人情で成り立っているのかもしれない。そう考えると、ヒメがいつも見ているコーデックス内にアーカイブされた古いフィクション作品も、満更幻想ではないのかもしれなかった。
捨て猫見つけて拾ってこないなんて、ヒメ、怒るかな
想像して、頬が綻んでしまう。ああ、シキが、近いかもしれなかった。
ジットさんの言った通り。ショウイが引き受けるってさ。それにしても……やたらと頭を下げられたけど、なんででしょう
他の任務があった私に変わって、ヒメにClemをSteelMeridianのテンノリレー支部へ連れて行ってもらったのだが、あれでいて肝が据わっていて大抵のことでは驚きもしないヒメがやたらと挙動不審で帰って来たのだ。
あの人があんな風に頭下げてくるなんて、驚いちゃいました
そっか。まあ、いろいろ、あったらしいけどサ……
わかってる、〝隣の便器を覗くな〟ですよね?
え、うん。その通りだけど
ヒメがその綺麗な顔でそんな汚いセリフを言うの、なんか逆にセクシーでずるい。
でも、Celmクンって可愛いですね。あのおっかないショウイさんがやられちゃうの、わかります
わ、わかるんだ。私はよくわかんないな、可愛いっていうのも含めて
えええ、あれが可愛くないなんて、ジットさん女心わかってなさすぎですよ!
私、もう女だと思われてないんだ……?
Clem、ってゆったっけ。あの時、彼と対峙したセクターの名前を思い出す。
CUPID……ね、何の皮肉かしら
あのグリニア少年兵、話を聞く限りどうやらSteelMeridianの大将CressaTalと縁があるのらしい。それが、本物なのか、クローン並列なのか、私には知ったことではないが、その縁に従って彼(のクローン)が縁の下へ向かうことになったのには、確かに意思の様なものを感じざるを得ない。CUPID、とは、コーデックスで見た限り、確かそんな感じの神性だったはずだ。
神様って、いるのかな
ええっ?あははは、ジットさんに限って、そんなこと言いだすなんて思いませんでした。いるわけないじゃないですか。いたとしたら、ひどい奴です、こんな宇宙を放っておくなんて
うん、そうだね、私もそう思う
でも
ん?
魂、くらいは信じたいですね。神様がちゃんとしてくれないんだから、それくらいは
魂、か。
それは太古の昔から謳われ、そして今でも存在が確認されていない概念だ。これほどにテクノロジが進んだ今日でさえ見つかっていないのだ、恐らく存在しない、それは神話とか空想に違いがないのだろう。それでも、今でもグリニアはクローン技術の彼岸に、コーパスは信仰の根底に、それを見出そうとしている。
〝思〟の力
はい。魂って、そういうのを信じる心根そのもを指す言葉だと思います。神様って、それを普遍化しようとした偶像、なんでしょうね
思の力って……なんか、Warframeのアビリティみたいね
Warframeのアビリティは、頭の中でその発現を強くイメージすることで起動する。発動した場合に、その効果範囲内に一体何が起こり、結果どうなるのか。ストーリーを組み上げた上でそれを強く想起し、イメージと現実の結果がより一致に近づけば近づくほど、強く発現されるWarframeのアビリティは、イメージを現実世界に発生させる〝思〟の力と言っても、間違いはなさそうに思えた。
はあ、確かにそうですね。あれ、じゃあ私達、神様じゃないですか。おっかしいですね!
確かにコーパスはオロキンを信仰している。グリニアも、最高権力者である双子の女王はその存在を超越的であると認めた上で、それを否定するためにTENNOを殺そうとしている。
私達って、罪深いね
そうですね。でも、だからこそ、意志、なんじゃないですか?
そうなのかな。ちょっと、複雑な気分。
って、あわわわ、ジットさん、ちょっと、MAGの、漏れてる、漏れてますっ!引っ張られてますってば!
磁力でヒメを引っ張って、すっぽり、腕の中に収める。
意思の力……なんちゃって
バカ言わないでください、とデコピンでも貰うかと思ったら、貰った感触は、想像してたよりもとっても……柔らかくてあったかいものだった。
ばーか
Clem、Clem<(`^´)>
ああ、わかったって。知ってるよ、お前の名だ。
Clem(`・ω・´)
お前はオレの名を覚えていないだろうがな。
Clem……(´・ω・`)
いや、知らない、が正しいか。それに、もう昔のことなんか思い出さなくったっていい。
はは、可愛い奴だな、相変わらず
ただオレが、お前の代わりに、お前の過去を憶えておいてやる。それで、この件は終いにしようじゃないか。いいだろう?それで。
Clem!Clem!(*´▽`*)
お、おいっ、バカ!なにやっ……